峰守雑記帳

小説家・峰守ひろかずが、見聞きしたことや思ったことを記録したり、自作を紹介したりするブログです。峰守の仕事については→ https://minemori-h.hatenablog.com/

ニセ講演録「アマビエに騙されちゃなんねえ」

(※この記事は、2023年8月6日に実施された第61回日本SF大会内企画「アマビエに騙されちゃなんねえ 二大星雲賞さいたま決戦」にて、前半部で峰守が話した内容を、トーク用のメモなどを元にして峰守本人が講演録っぽく書き起こしたものです。録音していたわけではないので、実際に話した内容とはだいぶ異なります。また、後半のアマビエ古生物仮説パートについては、ともに登壇した富永浩史さん・久正人さんの了承を得ておらず、そもそも記録も取っていないため省略します。) 

 

 えー、改めましてよろしくお願いします。峰守です。2020年にはネット上で「アマビエに騙されちゃなんねえおじさん」を名乗って、「アマビエに騙されてはいけない!」ということを繰り返し主張していたものですが、本日はなぜそんなにアマビエを警戒するのか、アマビエが騙すってどういうことだ、ということを、お話しさせていただこうと思います。

 さて、アマビエという妖怪についてなんですが、現存する資料は京都大学付属図書館が所蔵している一点だけで、このオリジナルのアマビエのことを私は略してオリビエと呼んでいますが、このオリビエを元に水木しげる先生が絵にしたもの、さらにそれをベースにしてアニメの「ゲゲゲの鬼太郎」第五期に登場したものなどが、コロナ禍前に描かれていました。

 この鬼太郎五期の頃まではどっちかというとマニアックな妖怪だったと思うんですが、2020年のコロナ禍でこれが一気にメジャーになりました。流行語大賞を取ったし、このSF大会星雲賞まで取っておられる。その星雲賞の受賞を伝える文面がこれです。読みます。

「『疫病退散の妖怪アマビエ』。受賞理由:”日本人に希望を与えた。”、”コロナ渦にSNSへ投稿されたイラストの数々”、”140年ぶりの流行”」。大変に物々しいことが書いてあります。素晴らしいことです。これが本当ならば。

 これ、2020年以降のアマビエ像の典型例みたいなテキストなのでそのまま使わせて、と言うかディスらせていただきますが、「これを信じている人は騙されてるぞ!」ということが今日の本題です。

 では、どう騙されているのか、なぜ「騙されちゃなんねえ」なのか。私がそう主張する理由は四つあります。

 一、「疫病退散の妖怪」ではない。二、「140年ぶりの流行」でもない。三、百歩譲って、お前じゃない。四、やつらの予言は当たらない。今からこれらを順番に解説していきます。

 

 まず一つめ、「『疫病退散の妖怪』ではない」について。さっきのオリビエ、オリジナルアマビエには文章が添えられてまして、こんなことが書いてあります。「肥後国熊本県の海の中に毎夜、光り物が出て、行ってみるとこういうのがいて、『私は海の中に住むアマビエというもので、今年から六年は諸国で豊作となるけど病気が流行るので、早々に私の姿を写して見せなさい』って言って、海へ入った」。これだけです。お気付きかと思いますが、どこにも疫病を退散させるとは書いてないわけです。絵を見せろとしか言ってない。どうなるとは言ってないんです。

 これが河童とか天狗とかカマイタチとか、全国的に事例の多い妖怪だったら、「どこかにそういう記録があるかも」とか言えるんですが、アマビエはさっき言った通り一点しか資料がないわけですから、これに書いてなかったらもうそういう設定も逸話もないわけです。なのにいつの間にか疫病退散の妖怪ってことになってしまった。

 これは読売新聞の2020年5月7日の「疫病退散「アマビエ」流行」という記事ですが、「新型コロナウイルスの感染者が増える中、江戸時代、疫病封じをすると信じられた妖怪「アマビエ」が注目を集めている」とはっきり書いてあります。新聞ってのは本当のことを書く媒体なはずなんですが、そこでも「アマビエは疫病退散の妖怪として信じられていた」という設定が通用してしまってるわけです。

 で、今のはアマビエが流行り始めた頃の記事ですが、この後どうなったかというと、今度は2022年3月3日の朝日新聞の記事ですが、こっちには「山形市内の老舗業者が、疫病を退散させる力があるとされる妖怪「アマビエ」の石像3体を市に寄贈した」とあります。この記事は「何々とされる」を付けているだけ良心的な方ですが、コロナ禍が始まって二年が経っても、「アマビエ=疫病退散妖怪」という図式は一般化したままということがわかります。許せねえ。

 じゃあどうしてそういうことになったのか? ここでアマビエのブームの初めの頃の流れを確認してみます。まず2020年2月27日に、大蛇堂さんという、この方は妖怪の掛け軸を描いておられる方ですが、この方がツイッターで「妖怪の中に「流行り病がでたら対策のためにわたしの姿を描いて人々にみせるように」と言ったのがいる」という文面を添えて、アマビエの絵を公開されました。この絵には「写し見 飾りて 守護となる」という文章があります。

 で、これがきっかけでネットでアマビエがバズりまして、3月6日には京都大学付属図書館のアカウントさんが、オリジナルアマビエ、オリビエの画像を「疫病の際に絵を描いて見ると良いとされる妖怪アマビエ」という説明とあわせて投稿されました。さらに3月17日には、水木プロダクションさんが水木しげる先生のアマビエの絵をアップされまして、ここには「「疫病が流行ったら私の写し絵を早々に人々に見せよ」と 言って海中に姿を消した妖怪、というより神に近い…もの」という説明文が付いてました。

 おわかりでしょうか。ここまでの説明はいずれも「アマビエは疫病を退ける」とは明言してないんです。そもそもそんなこと書いてないんだから当然と言えば当然なんですが、でも「アマビエ・イコール・疫病退散妖怪」というイメージはネット中心に拡散していき、そして4月9日にはあろうことか厚生労働省がアマビエを新型コロナ対策の啓発アイコンに採用します。これを告知する厚労省のサイトには「疫病から人々を守るとされる妖怪アマビエ」という文章がしっかり載っちゃってます。いつの間にそういうことになったんだ、って話です。

 なお本来のアマビエは左向きなんですが、厚労省のアマビエはオリジナルのデザインほぼそのままなのになぜか右向きになっていまして、ここには何かしらの政治的意図があるのではないかとも私は思うんですが、まあそれは本題から外れるので置いといて、ともかく2020年の春の間にアマビエは疫病退散の妖怪になってしまったわけです。

 コロナ禍の後に出た子供向けの妖怪図鑑を見ると「その姿を描いてみせるだけではやり病を治める」とか、「以来、対処しようのない病気が流行したときに、人々はアマビエを描くことによって疫病退散を願うようになった」なんてことが書いてあります。設定が固定化されちゃったわけですね。でも本来は疫病退散の妖怪ではなかっただろ、予言する妖怪だっただろ、ということを繰り返しておきます。騙されちゃなんねえ、です。

 

 次に理由その二「140年ぶりに流行ってない」に参ります。現状では、さっきお見せした星雲賞の紹介文にもあるように、「140年前に一度流行った」と思われてるわけです。

 これは2021年の大河ドラマ『青天を衝け』の第5回の内容を紹介した記事ですが、こう書いてあります。「江戸でも黒船の来航により多くの疫病が流行。様々な迷信が流行るようになっていた。当時、疫病退散として家の柱に貼られていたのが、この令和の時代にも再び注目を浴びることとなるアマビエ。もちろんフィクションではないのだが、大河に突如マスコットキャラクターが登場したような、そんなユニークさも醸し出している」。「もちろんフィクションではない」と言い切っておられますが、そうかなあ、って思うわけですね。

 実際問題、140年前にアマビエが流行ったという記録は今のところ発見されてません。これが平安時代とか中世ならともかく、江戸末期です。史料の多い時代です。あちこちに記録や地誌が残っている時代ですし、これが少し後になって明治になると新聞も登場するので記録される可能性はより高まります。なのにアマビエが流行したという記録はない。じゃあそれって流行ってなかったんじゃないの? という話です。

 ちょっと視野を広げてみると、予言する妖怪が流行った事例はあるわけです。『東京日日新聞』の明治八年、1875年の八月十四日の記事には、越後湯沢のある村でこういう妖怪みたいなもの、天日子(あまびこ)尊というそうですが、これの絵があちこちに貼られていたと書いてあります。話のパターンとしてはアマビエと一緒で、こういうのが出てきて名乗って、七年間は凶作が続いて人は減るが、自分の絵を描いて貼って朝夕に拝むと災難から逃れられると言ったそうです。これ、記事を書いた人は全然信じてないようで、これだから山の中に住む愚民は、とか、どうせ坊主か山伏が広めたんだろとか書いてますが、ともかく流行ってはいたらしいと。

 あと、同じように流行った事例としては、名古屋に残ってる「青窓紀聞」の文政二年、1819年の7月の記事に、神社姫、これは顔が人間の女で体が長い魚というタイプの妖怪ですが、これの絵が流行ったということが書いてあります。神社姫は竜宮からの使いで、九州の肥前、長崎とか佐賀のあたりですね、あのへんの浜辺に上がって、今年から七年間は豊年だが病が流行る、私の姿の絵を見ると病を逃れられると言ったと。

 こういう風にアマビコとか神社姫は流行った記録があるんです。でもアマビエはない。予言をする妖怪が流行った記録はあっても、アマビエがかつて流行したことを示す資料はありません。つまり、この前のは「140年ぶりの流行」ではないわけです。140年前どころか、一度も流行っていなかったと考えるべきで、2020年が最初の流行だったんです。

 ここで「いや待った!」と思われる方もおられるかもです。「アマビエは肥後(熊本)で出た妖怪なのだから、都市部に記録がないのは当然では? 地元では語られていたのでは?」って。お気持ちは分かりますが、その可能性は極めて低いと思います。

 ここで妖怪豆知識を一つ、「出身地・現場はアテにならない」。この手のかわら版は都市部(江戸、名古屋、京、大阪など)で販売されるものなわけです。で、作り手は、記事にリアリティを持たせたいが、真偽を確かめられたくはないんです、多分。デマとバレると困るので。なので、都市から遠くて、名前だけ知られている地域の出来事ということにされがちなんですね。大戸島とかジョンスン島みたいなもんです。

 その具体例ってことで、地方に出たとされる妖怪を一つご紹介します。これは「悪魚」という名前で記録されてる人魚みたいなやつで、これが1805年に越中(富山)の沖に出たと。全長11m、口から火を吐く、その声は2.7km先まで聞こえて、一日二回海を渡り、その時は海面が赤く光ったとあります。もうほとんどウルトラ怪獣です。で、これを松平家の家臣1500人が450挺の鉄砲で退治したそうなんです。えらいことです。大事件ですよ。じゃあこれがほんとに富山に出たのかって言うと、出たわけがないと思うんです。

 まあ今のは極端な例ですが、地方に出たことになってる妖怪は案外その地域に伝わっていない、という話は多いので、アマビエもそうなんじゃないかと。あいつどこでも一回も流行ってなかったんじゃないかと思うわけです。

 

 で、続きまして理由その三、「(百歩譲って)お前じゃない」。かなり難癖みたいになってきましたが、さて、そもそもアマビエとはどういう妖怪か。今現在、アマビエは「予言獣」と分類されてます。

 この予言獣、定義は研究者によっていろいろなんですが、今回はこの長野栄俊さんの定義をベースに話を進めさせていただきます。「不可思議な存在のうち、フィクションに登場する「妖怪」ではなく、人々が〝生き物〞としてその存在を信じてきた「幻獣」の中で、人間に未来を予言し、伝えるもの」という。

 で、この予言獣には仲間というか種類が色々います。まず神社姫とか姫魚。さっきもお見せした、体の長い人面魚です。後でもまた言いますけど、尾びれが三又だったり、宝玉を三つ持ってたり、三って数字と縁の深い妖怪です。これは古いし事例も多い。

 続いてアマビコ。三本足の猿っぽいやつが基本形ぽいですが、これはとにかくバリエーションが多くて、この「左立領」みたいにデザインがめちゃくちゃ盛られたやつもいます。サル型アマビコがウルトラQとか初代マンの怪獣だとすると、「左立領」はエースとかタロウの時代ですね。とにかくビラビラとトゲトゲを付けるという。

 次に、これは有名ですね、クダンとクタベ。クダンは牛から生まれた人面牛で予言してすぐ死ぬやつで、くたべは越中、富山の山中に出たやつです。

 お次が鳥系。頭が二つあるヨゲンノトリはアマビエの次くらいに有名になりましたが、頭が一つの奇妙な鳥ってパターンも多いです。

 あとは、海から出てくる海出人とか、きたいの童子、これはシティボーイで神田明神に出てくるんですが、こういうのもいますし、その他、海の王様を名乗るアリエとか、これは私が好きなやつですが、体中に鱗が生えてて足が三本でヒレもあって手に持った宝玉から光線を出して「我は人間でも魚でもない!」と、誰が見ても分かることを名乗ったおじさんとか、とにかく色々いるわけです。

 じゃあそんな予言獣の中でアマビエはどれくらいメジャーなのか。残ってる画像資料の点数をざっくり比較してみると、神社姫・姫魚とアマビコがそれぞれ四分の一、25パーセントを占めてるのに対し、アマビエは1パーセント未満です。まあ資料一点しかないんだから当然ですが。少ない!

 というか、「そもそもアマビエは独立したカテゴリーではない」という見方もあります。湯本豪一さんは、アマビエはアマビコの書き間違いだという説を唱えておられますし、さっきも名前を出した長野栄俊さんは、アマビエは先行する有名予言獣、具体的には神社姫とアマビコを踏まえて創作されたんじゃないかと言っておられます。

 実際、アマビエの特徴のうち、「長髪、ウロコ、三つ又の尾」は神社姫と被ってますし、「三本足、直立姿勢、『アマビ○』という名前」なんかはアマビコの特徴ですから、アマビエはメジャーな予言獣の特徴を合体させた創作妖怪だったんじゃない? という説も納得できるんじゃないかと私は思います。「人気と知名度のあるもの同士を足して新しいキャラを作る」ってやり方は今でも全然使われてますよね。ゴモラレッドキングでスカルゴモラとか、ゼットンとキングジョーでペダニウムゼットンみたいなああいうやつです。

 なお、なおアマビエの成立過程はまだよく分かってなくて、アマビコとアマビエの間のミッシングリンクかもしれない「アマヒユ」なんてのが見つかったりもしていますが、ともかくアマビエはメジャーな予言獣と比べるとマイナーで、その派生キャラみたいな存在だったかもしれないのですから、「(百歩譲って)お前じゃない」ということを言いたいわけです。

 確かに、予言をする妖怪、予言獣は種類が多く、疫病を退ける設定を持つものもいるから、コロナ禍に再び持てはやされるのは分からなくもないんです。でも、そこで、事例が極端に少ない上に、人気妖怪の合体版とも言われるアマビエが出てくるのはやはり納得がいかない。「怪獣ブームを代表する怪獣って、ゴモラレッドキングじゃなくてスカルゴモラだよな」と言われたら、「それは違う」と思いませんか? って話です。

 

 で、次が最後の理由となります。「やつらの予言は当たらない」。

 ここでオリビエの予言の内容をもう一回見てみましょう。アマビエは「弘化三年から六年豊作が続いてあわせて疫病が流行る」と言ったそうですが、実際に六年間諸国が豊作になったという記録とか、あわせて疫病が流行った記録があるかって言われると、ないんです。まあ豊作とか疫病流行の定義はないですから「絶対なかった!」と言い切るのは難しいかもですが、そもそも予言獣の予言って適当なんですよ。

 というわけでアマビエ以外の予言獣の予言を見てみます。まずこのアマビコが言うには「当年より六か年間は豊作だが、諸国に病気が流行って人間が六割死ぬ」。六割ですよ。えらいことです。

 次、「海出人」系の貝みたいなこれは、「当年より悪い風が吹いて世界の人の六割が死ぬ」。世界の六割と来ました。一年戦争みたいなことになってます。

 次に有名なヨゲンノトリ、これは期間を制限してくるんです。「今年の八月から九月、世間の人が九割死ぬ」。一月で九割!

 続いて、この神社姫は別のパターンです。「毎日丑の刻、乾から珍しい星が現れ、この星を見た人は難病になる」。星を見たらアウトという、トリフィドみたいなやつです。

 あと、この奇妙な鳥はもっとヤバくて、「九月十二日の夜から東南に悪い星が出て、この星を見る者はたちまち震え死にする」。これも星を見るとアウトなパターンですが、見たら即死するというもっと危ないやつです。

 さて、じゃあこれらの予言が当たったのか。言うまでもないですが当たってません。

 ここで、某大学某准教授のコメントを紹介しておきます。曰く、「予言をする妖怪や神獣は多いが、その予言が的中したという記録を見たことはない」。お分かりでしょうか。そういうことなんです。ちなみになんでこのコメントが匿名なのかというと、飲みの席で聞いたような気がするという、極めていい加減な記憶に基づいているからです。たぶん言ってたと思うんですが、ともかく、やつらの予言は当たらないということを申し上げたいわけです。アマビエを含む予言獣の予言はいずれも的中していません。信用に値しないんです。

 まあ、クダンが太平洋戦争の終戦を予言した話など、一部の例外はあるにはありますが、あれも正確な予言をしたわけではないんですね。予言獣の予言は、護符などを売るために創作された、無根拠かつセンセーショナルに危機感を煽る内容であり、今で言うフェイクニュースだったってことは、忘れてはならないと思うわけです。

 

 というわけで一通り説明させていただいたので、おさらいです。2020年に「140年ぶりに流行った疫病退散の妖怪」として知名度を上げて星雲賞まで取ったアマビエは、予言をする妖怪の中の極めてマイナーな一種であって、疫病退散の妖怪ではなく、140年前に流行ったわけでもなく、しかも予言は当たらない!

 では、我々の知るアマビエとは何なのか? それはつまり、「140年前に流行った疫病退散の妖怪」という属性(設定)が、2020年に新たに作られた妖怪であると、そういうことになるわけです。

 というわけで結論です。2020年以降のアマビエは、ありもしない過去を、「そういう伝統があったんだ」と思いこませてくる妖怪となってしまいました。創作(Fiction)として楽しむのはいいですが、現実の世界でそれを論じる/扱う際は、正確性を重んじる科学的(Scientific)な視点を忘れてはならないのではないかと、騙されちゃなんねえと、私はこう思うわけです。ご清聴ありがとうございました。