峰守雑記帳

小説家・峰守ひろかずのブログです。主に新刊やイベントの告知に使っています。峰守の仕事については→ https://minemori-h.hatenablog.com/

新刊小説「みだりに怪異と決めつけてはいけません」11月25日発売のお知らせ

 これもタイトル通りの告知記事です。

 SBクリエイティブ社からこの秋に創刊される新たな文庫レーベル「SB文庫」より、2026年11月25日に、「みだりに怪異と決めつけてはいけません」という小説が出ることとなりました。

(個人的にSB文庫と聞くと、映画「レディ・プレイヤー・ワン」の原作小説「ゲームウォーズ」が出ていたレーベルを思い出すのですが、あれとはまた別のレーベルのようです)

みだりに怪異と決めつけてはいけません

 



不祥事で停職中の刑事の前に現れたのは、やけに怪異に詳しい謎めいた大学院生・聖城美春。
神隠し、釣瓶落とし、河童、猿鬼……
北陸を舞台に未解決事件を紐解くオカルトミステリ。


(公式サイトの紹介文より)

 

 というわけで、停職中の生真面目刑事とオカルト好きの眼鏡大学院生のコンビが北陸の怪異がらみの謎に挑む、連作形式のライトミステリとなっております。

 ちなみにタイトルを略すと「み怪決」、つまり「未解決」となります。だから何だと言われそうですが、まあそういうノリの話です。つまりあんまり重くないです。

 

 カバーイラストはヤマウチシズ様。ホーンテッド・キャンパス」「京都寺町三条のホームズ」などの表紙でお馴染みのイラストレーターさんで、ヒロインであり探偵役である美春を怪しくも可愛く描いていただきました。

 あと、イラストに関しては、背景が金沢市は主計町の「暗がり坂」なのが個人的に嬉しいです。他社の作品になりますが、私が以前手掛けたシリーズ「金沢古妖具屋くらがり堂」で何度も使った場所なんですよね、暗がり坂。

 

 わたくし、一つ前の記事でも書いたように、石川(特に)金沢の妖怪伝承にはしばらく前から勝手に首を突っ込ませていただいておりまして。「金沢妖怪事典」もまとめましたし、2025年1月からは、「つなぐSupport NOTO note」という能登半島の復興支援を目的としたメンバーシップ企画(インターネット上で公開している有料マガジンです。詳細は↓のリンク先をご参照ください)に書き手として参加し、「のと・かが百物語」というタイトルで、石川の妖怪譚や超常現象を扱ったコラムを毎月二本寄稿しています。

note.com

 

 で、今回の「みだりに怪異と決めつけてはいけません」は、そういった事典やコラムを書く過程で得られた知見をフルに使って書いた話となります。主人公コンビの掛け合いを楽しみつつ(いい意味でしょうもないやり取りは書くのも読むのも好きなのでのびのび書かせていただきました)ローカルな怪談奇談の面白さについても知っていただければ何よりです。

「金沢妖怪事典」11月20日発売のお知らせ

 これまたタイトル通りの告知記事です。

 えーと、どこから話したものか。私は滋賀県在住の小説家なんですが、「金沢古妖具屋くらがり堂」「少年泉鏡花の明治奇談録」と、石川県金沢市を舞台にした小説をポプラ社で2シリーズ手掛けたことがあります。

www.poplar.co.jp

www.poplar.co.jp

 

 で、それらを書く時の下調べとして地元の妖怪譚を集めたところ、小説では使い切れないくらい多かったので、それを「私家版金沢妖怪事典」という同人誌にまとめました。2023年のことです。

 

 で、それがこの度、「私家版」が取れた「金沢妖怪事典」として刊行される運びとなりました。ワオワオ。

www.sunrise-pub.co.jp

 

 

 版元は私と同郷である滋賀の出版社、サンライズ出版。このサンライズ出版から、私は2025年に「滋賀県妖怪事典」という本を出したのですが、今回の「金沢~」はこれの続編(?)に当たります。

 

 今回、新たに商業刊行物として出すにあたっては、同人誌版をベースにしつつ、大いに手を加えさせていただきました。

 

1.イラスト追加

 カバーイラストは同人誌版や「滋賀県妖怪事典」に引き続き、漫画家の久正人様にお願いし、本文中の挿絵も描き下ろしていただきました。

 奇麗なもの、儚いもの、威厳のあるもの、怪獣っぽいものなど、色々描いていただきましたので、久さんのファンはご期待ください。

 

2.項目数拡大

 同人誌版では608項目だったのが、全809項目まで増えました。単純計算で201項目も増えております。

 なお、同人誌版から採録範囲や基準を変更したことに伴い、「私家版」の時から削除した項目もあるので、追加項目は実際はもっと多いです。

 809という中途半端な数字なのは、最初は800でキリよくまとめるつもりがズルズル探し続けてしまったからです。

 

3.採録範囲も拡大

 民俗雑誌や聞き取り調査の報告書などはもとより、「三州奇談」「奇事談」「冬夜物語」といったご当地奇談集、「鶴村日記」のような近世の日記、戦前戦後の自治体史、地区単位で刊行されたローカルな郷土誌(公民館や婦人会発行のものなど)、さらには泉鏡花や五木寛之(敬称略)など金沢ゆかりの文人が語った話、地方紙で報道された怪事件・超常現象等々まで、できる限り拾いました。

 さすがに文献が残っていない時代のものはお手上げですが、江戸時代以降の(文面として残された)金沢の怪談奇談はほぼほぼカバーできていると思います。思いたい。

 

4.コラムあり

 金沢の妖怪の特徴や、調べていて気付いた事などをまとめたコラムを9本掲載しています。

 同人誌版にもコラムは付けていましたが、今回全て新たに書き起こしました。とりあえずコラムだけ読めば金沢の妖怪についてはざっくり把握できるようになっております。

 

5.索引強化

 事典に欠かせない索引については、「地名別」「施設・場所別」「種類別」の三種を設けています。同人誌版の内容をベースにしつつ、索引項目数や範囲を全面的に見直しました。

 特に注目いただきたいのは、「施設・場所別」索引。

 これは読んで字のごとく、「○○城」「○○神社」「○○山」「○○川」のように、その妖怪が出た施設や場所で引ける索引で、細かい町名までは把握していない方にも使い勝手のいいものとなっております。多分。

 金沢はご存じのように観光地でもありますから、県外市外の方におかれましてはぜひ観光のお供としてご活用いただれば幸いです。僕もそのように使うつもりです。

 

 石川県は元々怪談奇談の多い土地という印象がありますが、中でも金沢は、文字記録を残す習慣を持ち、なおかつ怪異に興味がある人が多かったのか、その手の話が大量に残っています。しかもそれらの内容が逐一具体的で細かいんですよね。

 さらに今も城下町時代の道筋や川筋が結構残っていますので、「ここであれが出たのか!」という現地探訪がやりやすい土地でもあります。

 一市町村単位の妖怪事典、しかも作者は県外の人間というニッチな本ではありますが、金沢の妖怪伝承の面白さを広めるお役に立てれば何よりです。

 

コミック版「最後の陰陽師とその妻」2巻、10月30日に出ます

 タイトル通りの告知記事です。

 カドコミ他で連載されていた、山田ツナ子様による漫画「最後の陰陽師とその妻」の2巻が2026年10月30日にB's-LOG COMICSより発売となります。

 

最後の陰陽師とその妻2

 

 原作はわたくし作の同名小説で、漫画版はこの2巻が最終巻となります。

 大団円です!という感じのカバーイラストがいいですね。二人に幸あらんことを。

 山田先生におかれましては作中の二人の表情を細やかに描いていただきまして、そもそも作者というのは基本的に自分の書いた話が好きなわけですから、監修担当の原作者としてだけでなく、一読者としても最後まで楽しませていただきました。

 この場をお借りして改めてお礼を申し上げます。

 

 なお、原作小説の方では漫画になっていない続きのストーリーがございますので、ご興味がございましたら小説「最後の陰陽師とその妻 2」もどうぞよろしくお願いいたします。 

アジア遊学325「柳田国男と妖怪」に寄稿しました

 勉誠社から2026年9月末に刊行された論考集「アジア遊学325 柳田国男と妖怪」(石井正己・香川雅信編)に寄稿しました、というお知らせ記事です。

 

bensei.jp

 

 以下は公式サイトより引用した本書の紹介文です。こういう本です。

柳田国男と妖怪、というテーマは、意外なことにこれまであまり論じられてこなかった。
しかし実際には、柳田はかなり初期の段階から妖怪に強い関心を持っており、昭和初期にその民俗学が明確に体系立てられた時には、最も重要な意味を与えられることになったのである。
「妖怪」は、柳田国男の「最初の疑問」であり、その民俗学の隠れた原動力でもあった。そして「最後の失望」であり、いまだ解き得ない謎として、その後も残されたのである。
柳田はどのようにして妖怪に興味を持ち、研究を進めていったのか。
柳田国男の手になる妖怪辞典として受容されている「妖怪名彙」の本意はどこにあったのか。
現在、柳田国男の妖怪研究はどのような形で活用されているのか。
「柳田妖怪学再考」「『妖怪名彙』の逆襲」「拡大する柳田国男」という三部により、「柳田国男と妖怪」の過去・現在・未来をそれぞれ見通し、柳田国男の思想を俯瞰しつつ、その「妖怪」に関する思考について論じる。

 

 なお、目次はこういう感じです。(こちらも公式サイトよりの引用です)

はじめに――柳田国男の妖怪研究と本書の位置づけ  香川雅信

第1部 柳田妖怪学再考
柳田国男と播磨の怪談  石井正己
『妖怪談義』の地層を読む  佐藤健二
声の文化としての妖怪――柳田妖怪論を読み直す  伊藤龍平
【コラム】柳田国男と七不思議  横山泰子
よみがえる残存――妖怪の症状的時間性  廣田龍平
平田篤胤と柳田国男の妖怪観――幽冥への視座をめぐって  今井秀和
青森の河童・北海道の河童――柳田国男が向けた「メドチ」と「ミンツチ」への視線 
太田原潤
【コラム】青森における近世の河童関連資料  太田原潤
柳田国男の「祟り」論と『郷土生活研究採集手帖』  大江篤

第2部 「妖怪名彙」の逆襲
「妖怪名彙」をさかのぼる  化野燐
「妖怪名彙」のコナキジジ  香川雅信
小豆洗い隨考  木場貴俊
妖怪名を収集する――『現行全国妖怪辞典』についての一考察  木下浩
【コラム】「スナカケババ」の謎――奈良の話を中心に  木下昌美
奈良のジャンジャン火――怪火伝説の特徴と意味  齊藤純
ツチコロビについて――「妖怪名彙」における視点の考察と現在の伝承 小林光一郎

第3部 拡大する柳田国男
活用される柳田国男――創作の中での日本民俗学の父の軌跡  峰守ひろかず
【コラム】韓国の妖怪研究における柳田国男の可能性  金容儀

【附録】「柳田国男と妖怪」参考文献目録  沖山槙之介

 

 上記の目次の通り、第3部「拡大する柳田国男」に掲載された「活用される柳田国男――創作の中での日本民俗学の父の軌跡」が私の書いたものとなります。

 

 タイトル通り、柳田という研究者やその研究成果は近現代以降のフィクションで何がどう使われてきたか(何が使われなかったのか)を概観する内容で、具体的には、泉鏡花、水木しげる、荒俣宏、横溝正史、五木寛之、手塚治虫、井上ひさし、諸星大二郎(順不同・敬称略)などの作品を取り上げております。

 柳田の研究成果を活用させまくってもらっているイチ創作者として、リスペクトと申し訳なさを込めつつ書きましたので(その手のジャンルがお好きな方には既知の話ばかりかもしれませんが)ご笑覧・ご活用いただければ幸いです。

 

 編者の石井・香川両先生以下妖怪研究界で名を知られた先生方が揃っておられる中に研究者でもない人間(私です)が混じっており、しかも3部の論考担当は私だけというのは何とも恐縮というか申し訳ないところもあるのですが、声を掛けていただけたのはたいへん光栄でした。改めてお礼を申し上げます。

滋賀の妖怪スポットを回ってきました⑥高島市編(3)

 また今回も高島市編です。今度は市の北部、旧今津町、マキノ町あたりを紹介します。

(なお、文中で紹介する妖怪譚についての正確な伝承や出典については省いています。気になる方は拙著「滋賀県妖怪事典」をご参照ください。また、文中の内容や写真は2025~2026年に記録・撮影したもので、最新のものではありませんのでご注意ください)

 

1.日置神社(旧岩剣宮)周辺の大蛇退治伝説

 今津地区の山間にある日置神社とその周辺には大蛇退治の伝説が伝わっています。

日置神社鳥居前

 

日置神社境内

 この大蛇、ただのデカい蛇ではなく、出雲のヤマタノオロチの生まれ変わりというなかなか格の高い存在でして、立派な角を生やし、近江・若狭・越前の三国の国境の池に住み、砂礫の雨や大洪水で周辺の村を苦しめていたのですが、老いた男女ペアの姿の神に退治されたとされています。

 異説によれば退治したのは素戔嗚尊だともされており(二度目のヤマタノオロチ退治というわけですね)、なかなかスケールの大きな話です。

 さすが転生ヤマタノオロチだけあって退治された大蛇の尾からは剣が出てきたそうで、大蛇を退治した神がこの剣を投げた先に「岩剣の神」が、角を投げた先に「角神」が祀られたとされており、この二つの神のうち、「岩剣の神」を祀ったのが日置神社とのことです。

 とはいえ例によって現地にはその痕跡はない……と思いきや、訪問時にたまたまおられた神主さんに話を聞いたところ、社務所内の床の間に掛かった「岩剣大神」の軸を見せてもらうことができました。

岩剣大神の軸(写真右側)

 神主さん曰く、氏子さんに周知したりはしていないが岩剣の神の伝説は知っているし昔は神社の名前も岩剣宮だったんですよ、とのことで、ちゃんと現地にその話が伝わっていたことが確認できました。レアケースです。

 

 また、この大蛇退治伝説には結末部分が「神が天から剣を投げおろした先を『降宮(ふるのみや)』と呼んだ」となっているものもありまして、この「降宮」は、日置神社から少し琵琶湖方面へと下った先にある白山神社の境内社のことのようです。

白山神社

 

白山神社内降宮神社

 現地には誰もいなかったの訪問時には確認できなかったのですが、後で地元の人に聞いたところ、ここが降宮社で間違いなさそうでした。

 日置神社が山の麓に位置し、森を背負ったロケーションだったのに対し、こちらの白山神社と降宮神社は田んぼの真ん中に鎮座しており、その風景に対照性を感じたり感じなかったりしました。

 

2.海津

 海津は、高島市の北端・マキノ町にある港町で、琵琶湖が水運で栄えていた時代は北陸に通じる宿場町でもありました。

海津

 今では宿場町らしさはあまり残っていませんが、往年に湖岸に築かれた石垣などは健在ですし、山と琵琶湖の間の狭い陸地に家々が並ぶ光景はこの土地ならではのものだと思います。

海津の石垣

 

海津湖岸にて

 昔は行き交う人が多かっただけに残っている話も多く、暴走する馬の手綱を踏んづけて止めた剛力遊女「海津のお金」などはよく知られていますが、個人的には「池田屋の猫ばば」が好きです。 

 これは、近くの山で野宿をしていた旅人が狼の群れとそれを従える巨大猫、通称「池田屋の猫ばば」に襲われ、その巨大猫の正体は海津にある宿屋「池田屋」の老婆であった! という話でして、全国的によく知られた昔話である「鍛冶屋婆」とほとんど同じ……と言うかそのバリエーションの一つと見ていいと思うのですが、よく知られた話のローカルな亜種を見つけると、ちゃんとここにも届いていたんだな、とホッコリしたりするわけです。

 

3.川裾神社(川裾宮唐崎神社)

 マキノ町の港町・知内にある川裾(かわすそ)宮唐崎神社、通称川裾神社は、その名前通り川のすそ、つまり河口近くに位置する神社でして、今でも昔と変わらず川と琵琶湖のすぐ傍に建っています。

川裾宮唐崎神社

川裾宮唐崎神社境内

 ここのお祭りは毎年七月末なのですが、その祭礼に関連して「七月二十八日の川裾祭の七日前から祭礼の日までの間に川へ行くとカッパがお尻を抜く」とか、「盆や川裾さんの(祭礼の)日に水浴びすると、カワタロ(河童)が川の中から手を伸ばしてけつから肝を抜く」といった話が市内各地で確認されています。

 一番暑くなる時期に水浴びできないのは辛い話ですけども、それはともかくここで面白いのが、これらの話の採録地域が川裾神社近辺ではなく、琵琶湖沿いの少し離れた町であること。

 川裾神社は河口付近というロケーションのおかげか船を扱う職種の人たちの信仰を集めていた神社なのですが、河童にまつわる話を見ても、琵琶湖に沿った周辺地域でその祭礼日までもがよく知られていたことが分かります。

 

4.白谷

 同じくマキノ町ですが、こちらは「谷」の名前通り山間の集落となります。

 

白谷にて

 

白谷にて

 山の奥の方にあり、ペンションや別荘があったりなかったりするような場所なのですが、ここを舞台にしたこんな話があるんですね。

 昔、白谷の明王山六坊に千加林院という大きく立派な寺があり、そこのご本尊である不動明王像は身の丈三メートルもあった。

 この不動明王は、夕方になると寺を出て山の中を歩いた。出会った信者がその場に坐って手を合わせてお願いすると、どんなことでも聞き届けてくれたと言い、真面目な者は命を伸ばしてもらえたが、悪い心の持ち主はこらしめられた。

 今も寺跡と修験僧徒が修行した洞穴が奥の山に残る。

 残る、と言われていますが実際にあったかどうかは不明です。本当にあったのか千加林院。謎です。

 そして輪をかけて謎なのが歩く巨大不動明王です。身長三メートルということは大体「大魔神」と同じくらいなわけで、それが毎日山中をウロウロしていたという、あまり類のないタイプの話です。さすがに実話だとは思いませんが、なんでこんな話があるのか、いつからあるのかは気になるところです。

 

滋賀の妖怪スポットを回ってきました⑤高島市編(2)

 前回に続いて高島市編です。今回は旧高島町エリアのお話。「高島」が続いてややこしいですが、琵琶湖の北西あたりが全部、平成期の市町村合併で生まれた「高島市」でして、その南部にかつて「高島町」という自治体があったのでこういう書き方にならざるを得ないのでした。

(なお、文中で紹介する妖怪譚についての正確な伝承や出典については省いています。気になる方は拙著「滋賀県妖怪事典」をご参照ください。また、文中の内容や写真は2025~2026年に記録・撮影したもので、最新のものではありませんのでご注意ください)

 

1.鴨川の河童とその他の妖怪たち

 鴨川というと同名の京都の川とか同じ名前の自治体が連想されますが、この鴨川は滋賀の川です。

鴨川

そこそこ大きな川でして、川沿いの堤防に色々出たよ、という話が残っています。

  • 鴨川の堤に大蛇がいた。Mさんが大きな木と思って跨ごうとしたら鱗が光ったので大蛇と気付き、驚いて逃げた。
  • Oさんがお祭りの帰りに鴨川の堤防で一服していると、対岸の南堤を知り合いの女の人が歩いていた。声をかけたがその人は知らん顔をして行ってしまったので、置いていた重箱を持ち上げて帰ろうとしたら重箱はどこにもなかった。これはキツネの仕業だろう。
  • Kさんが隣町の駅前で興行された芝居を見に行った帰り、鴨川の橋で髪の毛が逆立つような寒気がした。橋の上に小牛のような動物がいて、そのまわりに子犬のようなものが三、四匹うろうろしていたので、狸がだましていると気付き、下駄を脱いで両手で追うと、狸の親子らしいものが堤を走り去った。
  • Jさんが雨の降る夜に鴨川の堤を歩いていた時、木の下に若い美しい女の人がいた。暗いのに着物の柄まではっきり見え、近づいていくとパッと消えた。気付くと、Jさんの傘はズタズタに破られていた。キツネに化かされたのである。

 これらはいずれも地元の教育委員会がまとめた冊子にある話ですが、出典では登場人物の名前も住所もそれぞれの事件の起こった年代もしっかり特定されており、リアリティの高い世間話として妖怪譚が語られていたことが伝わってきます。

 

 また、この鴨川には「鴨川橋」というそのまんまの名前の橋が架かっているのですが、その場所に河童が出たという話もあります。

鴨川橋

Tさんの先祖の武士が夜遅くに銭取橋(今の鴨川橋のところに掛かっていた橋)を通った時、袴を「がわ太郎(河童)」が引っぱった。Tさんの先祖は武士だったので、がわ太郎の腕を切り落として持ち帰った。その後、がわ太郎が訪ねてきて、腕を返してくれたら、どんな傷でもくっついて治る薬の秘伝を教えると言ったので、腕を返してやった。

 伝説とか妖怪譚とかお好きな方は「ああ、あれか」と思われるであろう話です。この「腕を取られた河童が、腕を返してもらうのと引き替えに薬の作り方を教えてくれる」というパターンの話は日本全国にそれはもう広く伝わっているものです。

 余談ですが、私は前にこの伝説のバリエーションにあたる「カワウソが自分の腕を返してもらうのと引き換えに万能薬を生む宝玉をくれた」という話の舞台を訪ね、その宝玉(の入った袋)を見せてもらったことがあります。あれは凄かった。

 閑話休題。

 大蛇に狐狸に河童と色々出たとされる鴨川ですが、いずれも史跡が残るタイプの伝説ではなかったためか、今訪ねてみても妖怪スポットであることを示すものは何もありません。普通の川です。

 

鴨川の土手

 ただ、この鴨川、今も生活圏のど真ん中を貫く川であり、河童(がわ太郎)が出たとされる鴨川橋の近くには普通に住宅や商店も多いので(すぐそばにあるのが仏具店です)、こういうところに出たんだなーと思うことはできます。私は思ってきました。


2.大溝地区

 JR近江高島駅の近く、旧大溝藩の中心だったあたりで、藩政時代にちなんだ古い町並みやら旧町名碑やらも残る地区です。

 このあたり、「大溝」という地名だから……というわけでもないんでしょうが、ガードレールの設けられていない大きな溝(水路)がそこらじゅうに流れており、しかも道が細いです。ぶらぶら見て回るには楽しいのですが車で行くときはご注意ください。私はだいぶハラハラしました。

大溝区内にて

 この大溝地区、昔はエリアごとに「○町」という名前が付いていたとのことで、その町同士を繋ぐ道(地元の言葉で「ズシ」)に人をだます古狸や「ゲホウさん」なる黒衣で頭の長い坊主の妖怪などが出たようです。地区と地区の境界に出る妖怪というのは民俗学ではお馴染みの概念ですね。

 

 また、この地区には妙琳寺という寺院があり、その寺の北の桑畑に、見上げるほどに巨大になっていく大入道が出た! という話があるのですが、実際に妙琳寺で尋ねてみたところ、そんな話は聞いたことがないとのことでした。

妙琳寺

「どこそこに○○が出た」という話を本で知った後、現地で当事者に聞くと「いや知らんが」と言われるのも、妖怪スポット探訪あるあるの一つです。

 

3.長谷寺

 大溝から少し西側、つまり琵琶湖と反対側の山手に向かった先の音羽地区にある古刹です。

長谷寺


 山の麓に位置しており、お寺の周囲の昔ながらの水路には綺麗な水が流れております。

長谷寺前の水路

 

 1935年刊行の「湖国夜話 伝説と秘史」によれば、ここには「鸚鵡(おうむ)石」という不思議な石があり、その石はどんな音声でも真似して返すとのこと。

 訪れた時は誰もおられなかったため、鸚鵡石が現存しているのか、そもそも本当に存在していたのかは確認できなかったのですが、後に近くの方に聞いたところ、このお寺の裏の山の山上にそれらしい石があるそうでした。

 

4.畑地区の狐狸

 畑(はた)は、先の長谷寺のある音羽から車でニ、三十分ほど山を登った先にある山間の集落です。

畑にて。集落内も高低差が大きく坂が多い

 今回取り上げている旧高島町地区は棚田で知られたエリアでして、この畑にも棚田が残っています。上る途中には平地に一面に広がった田んぼを、そして山上まで来ると傾斜を利用した棚田を見ることができ、水田を見るのが好きな人(結構いると思います)にはおすすめです。カッパが出そうな道中の渓流も美しい。

畑の棚田

 

旧高島町内の平地の田

 

畑地区に向かう途中の川

 この畑には人を化かす狐狸の話が多く伝わっており、「民俗文化」602号の「一晩中家を叩いた狐」によれば、1929年1月18日夜にH家の周囲や床下で狐が騒ぎ回った話は特に有名で、同地区の誰もが知っているとのこと。

 そんな有名な事件だったなら今でもまだ誰かが知ってるかもだし、現地の人に確認したかったのですが、行ったのが夏の暑い盛りの真っ昼間だったので屋外で農作業をしている人は一人も見当たらず、確かめることができませんでした。山の上なら少しは涼しいかと思ったが普通に暑かったです。許せないぜ温暖化。

滋賀の妖怪スポットを回ってきました④高島市編(1)

 高島市は地図で言うと琵琶湖の左から左上あたりのエリアです。このへんは地元妖怪成分多めのトークイベントに登壇した関係で結構あちこち回っており、場所も写真も多いので何回かに分けます。

(なお、文中で紹介する妖怪譚についての正確な伝承や出典については省いています。気になる方は拙著「滋賀県妖怪事典」をご参照ください。また、文中の内容や写真は2025~2026年に記録・撮影したもので、最新のものではありませんのでご注意ください)

 

1.田中神社

 安曇川町の山手に位置する田中神社は、地元では五月の流鏑馬神事で知られる神社です。山から集落を見下ろす位置にあるので眺めも奇麗で、桜や深緑の時期などがお勧めです。

 

田中神社

田中神社境内にて

 ここの神社の現在の公式な祭神は素戔嗚尊と奇稲田姫命と八柱御子神のスサノオ御一家ですが、いやいやここの神様は天狗なんですよ、という話がいくつか記録されています。たとえばこういう話。

承応四年(一六五五)から七年目の五月一日午前十一時半、田中祭の流鏑馬が駈け出そうとした時、鳥居の上に白髪で白装束の天狗さん(神)が顕現し、見物人を追い払った。直後、大地震が起きて鳥居が倒れたという。

「承応四年から七年目」というまどろっこしい書き方は何なんだと思われるかもですが、出典にそう書いてあるんですよね。例によって今の田中神社に天狗顕現にまつわる文物は見当たりませんが、天狗の警告直後に倒れた鳥居の何代目かに当たる(と思われる)石鳥居は境内から少し離れた位置に健在です。車道をまたぐ形で建っている結構大きなものです。

田中神社の鳥居


2.白髭神社

 旧高島町エリアの琵琶湖岸にある神社で、琵琶湖の中に立つ鳥居が有名です。魔法使いの末裔たちがロボでバトルロイヤルするアニメ「グランベルム」にて、主人公たちの家の近所の神社として登場した神社のモデルになったことでお馴染みですね(決めつけ)。

 

 

白髭神社前の琵琶湖中の鳥居

 神社の敷地と湖岸の間には国道が走っており、ここは琵琶湖西岸の南北を繋ぐ唯一の道路であるため交通量も多いです。以前は道を渡って湖岸まで歩いて降りることができて、琵琶湖の中に立つ鳥居を近くから見られたんですが、最近では湖岸に降りられないよう柵が設けられています。色々事情はあるんでしょうが個人的には残念です。

 で、ここに何が伝わっているかというと、また天狗です。ここの祭神は公式には猿田彦命ですが、猿田彦が天狗に近い顔の神だからか、地元の天狗にまつわる話に白髭神社の名前がちょいちょい出てくるんですね。たとえばこんな話。

 天狗さんは、田中神社の森で澄んだ笛の音を響かせるが、神様だから人には見えない。この天狗さんは京都の鞍馬山を出発した後、鎧岩(北小松)の大杉で休憩し、次に田中神社の大杉に来て、敦賀の気比神宮に行くのだという。
 ある時、大溝の船大工が鎧岩の大杉を伐って千石船を作ったところ、鎧岩が崩れてきて死んだ。この天狗さんは猿田彦命であり、白髭神社に祀られている神様である。

 先の田中神社をはじめ、鞍馬山や気比神宮など有名な実在の場所がいくつも出てくる盛りだくさんな話です。「鎧岩」というのは白髭神社の少し南にあるそういう名前のデカい岩で(地蔵が祀られています)、つまりこれも在地の名所です。

 

3.シコブチ神社群と河童たち

 水界の妖怪の代表格である河童も滋賀には当然のように伝わっています。とはいえ琵琶湖の河童は案外少ないんですが(琵琶湖は竜神と大蛇のテリトリーという印象があります)、琵琶湖に注ぐ川や淵にはよく出ます。

 で、この地域ならではの河童伝説として知られているのが安曇川(あどがわ)流域のシコブチの神(そういう名前の神様です)にまつわるお話。

安曇川

 例によってバリエーションは様々ですが、ざっくり言うと「シコブチの神の子供が河童に攫われたので、怒った神は河童をこらしめ、菅の蓑笠、蒲のはばき、コブシの竿を持った者には害を加えないことを誓わせた」というような話です。

 ここに登場する河童に襲われないための装備(菅笠、はばき、竿)は、滋賀と福井の県境の山々で木を伐り出し、安曇川を使ってそれを流して琵琶湖まで流していた人たちの出で立ちであることはよく指摘されています。

 加えて、シコブチの名を冠した神社も山間から安曇川流域に沿って点在しているため、シコブチ神(と、それにまつわる河童懲罰譚)がそういった業種の人たちによって信仰され、語られていたことが見えてきます。

 で、こちらは安曇川の上流の山の中、旧朽木村地区にある志子淵神社(高島市朽木岩瀬213)。いかにも山村の古い神社という感じの風格のあるところです。

志子淵神社境内

 

志子淵神社

 行ったときは境内に狸(だと思う)がいたんですが写真を撮り損ねました。アクセスが楽なのでありがたい。境内にはシコブチ信仰にまつわる解説もあります。

 

 

 

 そしてこちらが安曇川中流にある思子淵神社(高島市安曇川町中野564)。

思子淵神社参道

 ここは四月末に行ったんですが大変良かったです。森の中にまっすぐ伸びた長い参道が苔で埋め尽くされており、フカフカとした感触がなんとも神秘的というか心地いいというか。ところどころに水が溜まっていたり湧いていたりするのも水域にまつわる神社らしくて味わい深く。

思子淵神社

 集落の奥の細い坂道を進まなければいけないので道順がちょっと分かりにくいのですが、訪ねて良かったと思えた場所でした。