峰守雑記帳

小説家・峰守ひろかずのブログです。主に新刊やイベントの告知に使っています。峰守の仕事については→ https://minemori-h.hatenablog.com/

滋賀の妖怪スポットを回ってきました⑥高島市編(3)

 また今回も高島市編です。今度は市の北部、旧今津町、マキノ町あたりを紹介します。

(なお、文中で紹介する妖怪譚についての正確な伝承や出典については省いています。気になる方は拙著「滋賀県妖怪事典」をご参照ください。また、文中の内容や写真は2025~2026年に記録・撮影したもので、最新のものではありませんのでご注意ください)

 

1.日置神社(旧岩剣宮)周辺の大蛇退治伝説

 今津地区の山間にある日置神社とその周辺には大蛇退治の伝説が伝わっています。

日置神社鳥居前

 

日置神社境内

 この大蛇、ただのデカい蛇ではなく、出雲のヤマタノオロチの生まれ変わりというなかなか格の高い存在でして、立派な角を生やし、近江・若狭・越前の三国の国境の池に住み、砂礫の雨や大洪水で周辺の村を苦しめていたのですが、老いた男女ペアの姿の神に退治されたとされています。

 異説によれば退治したのは素戔嗚尊だともされており(二度目のヤマタノオロチ退治というわけですね)、なかなかスケールの大きな話です。

 さすが転生ヤマタノオロチだけあって退治された大蛇の尾からは剣が出てきたそうで、大蛇を退治した神がこの剣を投げた先に「岩剣の神」が、角を投げた先に「角神」が祀られたとされており、この二つの神のうち、「岩剣の神」を祀ったのが日置神社とのことです。

 とはいえ例によって現地にはその痕跡はない……と思いきや、訪問時にたまたまおられた神主さんに話を聞いたところ、社務所内の床の間に掛かった「岩剣大神」の軸を見せてもらうことができました。

岩剣大神の軸(写真右側)

 神主さん曰く、氏子さんに周知したりはしていないが岩剣の神の伝説は知っているし昔は神社の名前も岩剣宮だったんですよ、とのことで、ちゃんと現地にその話が伝わっていたことが確認できました。レアケースです。

 

 また、この大蛇退治伝説には結末部分が「神が天から剣を投げおろした先を『降宮(ふるのみや)』と呼んだ」となっているものもありまして、この「降宮」は、日置神社から少し琵琶湖方面へと下った先にある白山神社の境内社のことのようです。

白山神社

 

白山神社内降宮神社

 現地には誰もいなかったの訪問時には確認できなかったのですが、後で地元の人に聞いたところ、ここが降宮社で間違いなさそうでした。

 日置神社が山の麓に位置し、森を背負ったロケーションだったのに対し、こちらの白山神社と降宮神社は田んぼの真ん中に鎮座しており、その風景に対照性を感じたり感じなかったりしました。

 

2.海津

 海津は、高島市の北端・マキノ町にある港町で、琵琶湖が水運で栄えていた時代は北陸に通じる宿場町でもありました。

海津

 今では宿場町らしさはあまり残っていませんが、往年に湖岸に築かれた石垣などは健在ですし、山と琵琶湖の間の狭い陸地に家々が並ぶ光景はこの土地ならではのものだと思います。

海津の石垣

 

海津湖岸にて

 昔は行き交う人が多かっただけに残っている話も多く、暴走する馬の手綱を踏んづけて止めた剛力遊女「海津のお金」などはよく知られていますが、個人的には「池田屋の猫ばば」が好きです。 

 これは、近くの山で野宿をしていた旅人が狼の群れとそれを従える巨大猫、通称「池田屋の猫ばば」に襲われ、その巨大猫の正体は海津にある宿屋「池田屋」の老婆であった! という話でして、全国的によく知られた昔話である「鍛冶屋婆」とほとんど同じ……と言うかそのバリエーションの一つと見ていいと思うのですが、よく知られた話のローカルな亜種を見つけると、ちゃんとここにも届いていたんだな、とホッコリしたりするわけです。

 

3.川裾神社(川裾宮唐崎神社)

 マキノ町の港町・知内にある川裾(かわすそ)宮唐崎神社、通称川裾神社は、その名前通り川のすそ、つまり河口近くに位置する神社でして、今でも昔と変わらず川と琵琶湖のすぐ傍に建っています。

川裾宮唐崎神社

川裾宮唐崎神社境内

 ここのお祭りは毎年七月末なのですが、その祭礼に関連して「七月二十八日の川裾祭の七日前から祭礼の日までの間に川へ行くとカッパがお尻を抜く」とか、「盆や川裾さんの(祭礼の)日に水浴びすると、カワタロ(河童)が川の中から手を伸ばしてけつから肝を抜く」といった話が市内各地で確認されています。

 一番暑くなる時期に水浴びできないのは辛い話ですけども、それはともかくここで面白いのが、これらの話の採録地域が川裾神社近辺ではなく、琵琶湖沿いの少し離れた町であること。

 川裾神社は河口付近というロケーションのおかげか船を扱う職種の人たちの信仰を集めていた神社なのですが、河童にまつわる話を見ても、琵琶湖に沿った周辺地域でその祭礼日までもがよく知られていたことが分かります。

 

4.白谷

 同じくマキノ町ですが、こちらは「谷」の名前通り山間の集落となります。

 

白谷にて

 

白谷にて

 山の奥の方にあり、ペンションや別荘があったりなかったりするような場所なのですが、ここを舞台にしたこんな話があるんですね。

 昔、白谷の明王山六坊に千加林院という大きく立派な寺があり、そこのご本尊である不動明王像は身の丈三メートルもあった。

 この不動明王は、夕方になると寺を出て山の中を歩いた。出会った信者がその場に坐って手を合わせてお願いすると、どんなことでも聞き届けてくれたと言い、真面目な者は命を伸ばしてもらえたが、悪い心の持ち主はこらしめられた。

 今も寺跡と修験僧徒が修行した洞穴が奥の山に残る。

 残る、と言われていますが実際にあったかどうかは不明です。本当にあったのか千加林院。謎です。

 そして輪をかけて謎なのが歩く巨大不動明王です。身長三メートルということは大体「大魔神」と同じくらいなわけで、それが毎日山中をウロウロしていたという、あまり類のないタイプの話です。さすがに実話だとは思いませんが、なんでこんな話があるのか、いつからあるのかは気になるところです。

 

滋賀の妖怪スポットを回ってきました⑤高島市編(2)

 前回に続いて高島市編です。今回は旧高島町エリアのお話。「高島」が続いてややこしいですが、琵琶湖の北西あたりが全部、平成期の市町村合併で生まれた「高島市」でして、その南部にかつて「高島町」という自治体があったのでこういう書き方にならざるを得ないのでした。

(なお、文中で紹介する妖怪譚についての正確な伝承や出典については省いています。気になる方は拙著「滋賀県妖怪事典」をご参照ください。また、文中の内容や写真は2025~2026年に記録・撮影したもので、最新のものではありませんのでご注意ください)

 

1.鴨川の河童とその他の妖怪たち

 鴨川というと同名の京都の川とか同じ名前の自治体が連想されますが、この鴨川は滋賀の川です。

鴨川

そこそこ大きな川でして、川沿いの堤防に色々出たよ、という話が残っています。

  • 鴨川の堤に大蛇がいた。Mさんが大きな木と思って跨ごうとしたら鱗が光ったので大蛇と気付き、驚いて逃げた。
  • Oさんがお祭りの帰りに鴨川の堤防で一服していると、対岸の南堤を知り合いの女の人が歩いていた。声をかけたがその人は知らん顔をして行ってしまったので、置いていた重箱を持ち上げて帰ろうとしたら重箱はどこにもなかった。これはキツネの仕業だろう。
  • Kさんが隣町の駅前で興行された芝居を見に行った帰り、鴨川の橋で髪の毛が逆立つような寒気がした。橋の上に小牛のような動物がいて、そのまわりに子犬のようなものが三、四匹うろうろしていたので、狸がだましていると気付き、下駄を脱いで両手で追うと、狸の親子らしいものが堤を走り去った。
  • Jさんが雨の降る夜に鴨川の堤を歩いていた時、木の下に若い美しい女の人がいた。暗いのに着物の柄まではっきり見え、近づいていくとパッと消えた。気付くと、Jさんの傘はズタズタに破られていた。キツネに化かされたのである。

 これらはいずれも地元の教育委員会がまとめた冊子にある話ですが、出典では登場人物の名前も住所もそれぞれの事件の起こった年代もしっかり特定されており、リアリティの高い世間話として妖怪譚が語られていたことが伝わってきます。

 

 また、この鴨川には「鴨川橋」というそのまんまの名前の橋が架かっているのですが、その場所に河童が出たという話もあります。

鴨川橋

Tさんの先祖の武士が夜遅くに銭取橋(今の鴨川橋のところに掛かっていた橋)を通った時、袴を「がわ太郎(河童)」が引っぱった。Tさんの先祖は武士だったので、がわ太郎の腕を切り落として持ち帰った。その後、がわ太郎が訪ねてきて、腕を返してくれたら、どんな傷でもくっついて治る薬の秘伝を教えると言ったので、腕を返してやった。

 伝説とか妖怪譚とかお好きな方は「ああ、あれか」と思われるであろう話です。この「腕を取られた河童が、腕を返してもらうのと引き替えに薬の作り方を教えてくれる」というパターンの話は日本全国にそれはもう広く伝わっているものです。

 余談ですが、私は前にこの伝説のバリエーションにあたる「カワウソが自分の腕を返してもらうのと引き換えに万能薬を生む宝玉をくれた」という話の舞台を訪ね、その宝玉(の入った袋)を見せてもらったことがあります。あれは凄かった。

 閑話休題。

 大蛇に狐狸に河童と色々出たとされる鴨川ですが、いずれも史跡が残るタイプの伝説ではなかったためか、今訪ねてみても妖怪スポットであることを示すものは何もありません。普通の川です。

 

鴨川の土手

 ただ、この鴨川、今も生活圏のど真ん中を貫く川であり、河童(がわ太郎)が出たとされる鴨川橋の近くには普通に住宅や商店も多いので(すぐそばにあるのが仏具店です)、こういうところに出たんだなーと思うことはできます。私は思ってきました。


2.大溝地区

 JR近江高島駅の近く、旧大溝藩の中心だったあたりで、藩政時代にちなんだ古い町並みやら旧町名碑やらも残る地区です。

 このあたり、「大溝」という地名だから……というわけでもないんでしょうが、ガードレールの設けられていない大きな溝(水路)がそこらじゅうに流れており、しかも道が細いです。ぶらぶら見て回るには楽しいのですが車で行くときはご注意ください。私はだいぶハラハラしました。

大溝区内にて

 この大溝地区、昔はエリアごとに「○町」という名前が付いていたとのことで、その町同士を繋ぐ道(地元の言葉で「ズシ」)に人をだます古狸や「ゲホウさん」なる黒衣で頭の長い坊主の妖怪などが出たようです。地区と地区の境界に出る妖怪というのは民俗学ではお馴染みの概念ですね。

 

 また、この地区には妙琳寺という寺院があり、その寺の北の桑畑に、見上げるほどに巨大になっていく大入道が出た! という話があるのですが、実際に妙琳寺で尋ねてみたところ、そんな話は聞いたことがないとのことでした。

妙琳寺

「どこそこに○○が出た」という話を本で知った後、現地で当事者に聞くと「いや知らんが」と言われるのも、妖怪スポット探訪あるあるの一つです。

 

3.長谷寺

 大溝から少し西側、つまり琵琶湖と反対側の山手に向かった先の音羽地区にある古刹です。

長谷寺


 山の麓に位置しており、お寺の周囲の昔ながらの水路には綺麗な水が流れております。

長谷寺前の水路

 

 1935年刊行の「湖国夜話 伝説と秘史」によれば、ここには「鸚鵡(おうむ)石」という不思議な石があり、その石はどんな音声でも真似して返すとのこと。

 訪れた時は誰もおられなかったため、鸚鵡石が現存しているのか、そもそも本当に存在していたのかは確認できなかったのですが、後に近くの方に聞いたところ、このお寺の裏の山の山上にそれらしい石があるそうでした。

 

4.畑地区の狐狸

 畑(はた)は、先の長谷寺のある音羽から車でニ、三十分ほど山を登った先にある山間の集落です。

畑にて。集落内も高低差が大きく坂が多い

 今回取り上げている旧高島町地区は棚田で知られたエリアでして、この畑にも棚田が残っています。上る途中には平地に一面に広がった田んぼを、そして山上まで来ると傾斜を利用した棚田を見ることができ、水田を見るのが好きな人(結構いると思います)にはおすすめです。カッパが出そうな道中の渓流も美しい。

畑の棚田

 

旧高島町内の平地の田

 

畑地区に向かう途中の川

 この畑には人を化かす狐狸の話が多く伝わっており、「民俗文化」602号の「一晩中家を叩いた狐」によれば、1929年1月18日夜にH家の周囲や床下で狐が騒ぎ回った話は特に有名で、同地区の誰もが知っているとのこと。

 そんな有名な事件だったなら今でもまだ誰かが知ってるかもだし、現地の人に確認したかったのですが、行ったのが夏の暑い盛りの真っ昼間だったので屋外で農作業をしている人は一人も見当たらず、確かめることができませんでした。山の上なら少しは涼しいかと思ったが普通に暑かったです。許せないぜ温暖化。

滋賀の妖怪スポットを回ってきました④高島市編(1)

 高島市は地図で言うと琵琶湖の左から左上あたりのエリアです。このへんは地元妖怪成分多めのトークイベントに登壇した関係で結構あちこち回っており、場所も写真も多いので何回かに分けます。

(なお、文中で紹介する妖怪譚についての正確な伝承や出典については省いています。気になる方は拙著「滋賀県妖怪事典」をご参照ください。また、文中の内容や写真は2025~2026年に記録・撮影したもので、最新のものではありませんのでご注意ください)

 

1.田中神社

 安曇川町の山手に位置する田中神社は、地元では五月の流鏑馬神事で知られる神社です。山から集落を見下ろす位置にあるので眺めも奇麗で、桜や深緑の時期などがお勧めです。

 

田中神社

田中神社境内にて

 ここの神社の現在の公式な祭神は素戔嗚尊と奇稲田姫命と八柱御子神のスサノオ御一家ですが、いやいやここの神様は天狗なんですよ、という話がいくつか記録されています。たとえばこういう話。

承応四年(一六五五)から七年目の五月一日午前十一時半、田中祭の流鏑馬が駈け出そうとした時、鳥居の上に白髪で白装束の天狗さん(神)が顕現し、見物人を追い払った。直後、大地震が起きて鳥居が倒れたという。

「承応四年から七年目」というまどろっこしい書き方は何なんだと思われるかもですが、出典にそう書いてあるんですよね。例によって今の田中神社に天狗顕現にまつわる文物は見当たりませんが、天狗の警告直後に倒れた鳥居の何代目かに当たる(と思われる)石鳥居は境内から少し離れた位置に健在です。車道をまたぐ形で建っている結構大きなものです。

田中神社の鳥居


2.白髭神社

 旧高島町エリアの琵琶湖岸にある神社で、琵琶湖の中に立つ鳥居が有名です。魔法使いの末裔たちがロボでバトルロイヤルするアニメ「グランベルム」にて、主人公たちの家の近所の神社として登場した神社のモデルになったことでお馴染みですね(決めつけ)。

 

 

白髭神社前の琵琶湖中の鳥居

 神社の敷地と湖岸の間には国道が走っており、ここは琵琶湖西岸の南北を繋ぐ唯一の道路であるため交通量も多いです。以前は道を渡って湖岸まで歩いて降りることができて、琵琶湖の中に立つ鳥居を近くから見られたんですが、最近では湖岸に降りられないよう柵が設けられています。色々事情はあるんでしょうが個人的には残念です。

 で、ここに何が伝わっているかというと、また天狗です。ここの祭神は公式には猿田彦命ですが、猿田彦が天狗に近い顔の神だからか、地元の天狗にまつわる話に白髭神社の名前がちょいちょい出てくるんですね。たとえばこんな話。

 天狗さんは、田中神社の森で澄んだ笛の音を響かせるが、神様だから人には見えない。この天狗さんは京都の鞍馬山を出発した後、鎧岩(北小松)の大杉で休憩し、次に田中神社の大杉に来て、敦賀の気比神宮に行くのだという。
 ある時、大溝の船大工が鎧岩の大杉を伐って千石船を作ったところ、鎧岩が崩れてきて死んだ。この天狗さんは猿田彦命であり、白髭神社に祀られている神様である。

 先の田中神社をはじめ、鞍馬山や気比神宮など有名な実在の場所がいくつも出てくる盛りだくさんな話です。「鎧岩」というのは白髭神社の少し南にあるそういう名前のデカい岩で(地蔵が祀られています)、つまりこれも在地の名所です。

 

3.シコブチ神社群と河童たち

 水界の妖怪の代表格である河童も滋賀には当然のように伝わっています。とはいえ琵琶湖の河童は案外少ないんですが(琵琶湖は竜神と大蛇のテリトリーという印象があります)、琵琶湖に注ぐ川や淵にはよく出ます。

 で、この地域ならではの河童伝説として知られているのが安曇川(あどがわ)流域のシコブチの神(そういう名前の神様です)にまつわるお話。

安曇川

 例によってバリエーションは様々ですが、ざっくり言うと「シコブチの神の子供が河童に攫われたので、怒った神は河童をこらしめ、菅の蓑笠、蒲のはばき、コブシの竿を持った者には害を加えないことを誓わせた」というような話です。

 ここに登場する河童に襲われないための装備(菅笠、はばき、竿)は、滋賀と福井の県境の山々で木を伐り出し、安曇川を使ってそれを流して琵琶湖まで流していた人たちの出で立ちであることはよく指摘されています。

 加えて、シコブチの名を冠した神社も山間から安曇川流域に沿って点在しているため、シコブチ神(と、それにまつわる河童懲罰譚)がそういった業種の人たちによって信仰され、語られていたことが見えてきます。

 で、こちらは安曇川の上流の山の中、旧朽木村地区にある志子淵神社(高島市朽木岩瀬213)。いかにも山村の古い神社という感じの風格のあるところです。

志子淵神社境内

 

志子淵神社

 行ったときは境内に狸(だと思う)がいたんですが写真を撮り損ねました。アクセスが楽なのでありがたい。境内にはシコブチ信仰にまつわる解説もあります。

 

 

 

 そしてこちらが安曇川中流にある思子淵神社(高島市安曇川町中野564)。

思子淵神社参道

 ここは四月末に行ったんですが大変良かったです。森の中にまっすぐ伸びた長い参道が苔で埋め尽くされており、フカフカとした感触がなんとも神秘的というか心地いいというか。ところどころに水が溜まっていたり湧いていたりするのも水域にまつわる神社らしくて味わい深く。

思子淵神社

 集落の奥の細い坂道を進まなければいけないので道順がちょっと分かりにくいのですが、訪ねて良かったと思えた場所でした。

滋賀の妖怪スポットを回ってきました③大津の三井寺の竜神の鐘や比叡山の七不思議

 湖西に移りまして、まずは県庁所在地である大津市から。

(なお、文中で紹介する妖怪譚についての正確な伝承や出典については省いています。気になる方は拙著「滋賀県妖怪事典」をご参照ください。また、文中の内容や写真は2025~2026年に記録・撮影したもので、最新のものではありませんのでご注意ください)

 

1.三井寺

三井寺山門

 三井寺(園城寺)は歴史的にもよく知られた寺院ですが、伝説的に見ると「琵琶湖の竜神が女性に化けて男性と結ばれた後、正体を明かして去り、三井寺の釣鐘になる(あるいは釣鐘を突いて時間を教えてくれるよう告げて消える)」という、いわゆる蛇女房型の話が知られています。

 蛇女房は、その名前通り、実は蛇(あるいは竜)だった女性が夫に正体を知られてしまい、幼い子供の栄養源として自分の目玉を差し出して盲目となって去る……という流れのお話で(バリエーションは色々あるので詳しく知りたい方はちゃんと調べてください)、エピローグとして「私はもう目が見えないので釣鐘で時を教えてください」と告げる、という要素が付くものも多いですが、この三井寺には自分自身が釣鐘になってしまった女性(龍神)の話があるわけです。

 釣鐘は健在なので「奥さん……!」と思いながら見てきました。

三井寺の鐘

 三井寺は歴史が古いだけにこの手の逸話は数多く、金堂の横の閼伽井(あかい)という井戸に九頭の大龍がいたとか、その閼伽井の竜の彫刻は左甚五郎によるもので夜な夜な暴れたとか、ここで学んでいた僧が鵺の鳴き声を聞いたとかの話もあります。

三井寺の閼伽井

閼伽井の竜の彫刻

 怨念が鼠と化した僧・頼豪の話の話の舞台もこの三井寺です。頼豪の話は「鉄鼠」の名の方が有名ですかね。

 

  頼豪ゆかりの神社も境内にちゃんと(?)あります。

三井寺内の十八明神社(ねずみの宮)

 

三井寺内の十八明神社(ねずみの宮)の解説

 それと、妖怪とは関係ないんですが、三井寺は時代劇の伝統的なロケ地としても知られており、特撮オタクとしては「仮面の忍者 赤影」の第一話のクライマックスの舞台であることは書いておきたいです。

 巨大怪獣・千年蟇が屋根を突き破って現れるお堂とその隣の塔は「赤影」放映から半世紀余り経った今もしっかり健在で、映像で見ると体育館くらいはありそうなお堂が意外と小さく、撮り方の上手さを実感することができます。

 

 あと、三井寺に足を運ばれる際は、すぐ近くの大津市歴史博物館もあわせて回るのもお勧めです。ほんとに近いので。

 

2.比叡山

 言わずと知れた天台宗の総本山です。

 

比叡山の山上より

 ここには「比叡山の七不思議」が伝わっております。例によって名称や内容にはバリエーションがあるっぽいんですが、「近江むかし話」によると七不思議は以下の七つで、「滋賀県妖怪事典」でもこれに倣いました。

  • 美人の水ゴリ:かつての住職の縁者の女。死後も水ゴリを続けている。
  • 慈忍の幽霊:戒律にきびしかった僧の霊。一ツ眼、一本足の姿で、左手に鉦、右手に撞木をたずさえ、丑三つどきに修行をおろそかにする者を戒めるために出てくる。
  • 蛇が池の大蛇:慈恵大師に「手の中にはいることができるか」と言われて小さくなったところ、蛇が池に封じられた大蛇。
  • 一文字タヌキ:タヌキの彫刻好きの僧が化け狸にさとされて千日回修行を勤めながら彫り上げた千体のタヌキ。いずれもマユが一文字になっていた。
  • 靄船:亡者がお盆の時期にお山に戻るときに乗る船。深い靄でできており、何艘も連なって現れる。
  • 六道踊り:盛大な法要が営まれた時、亡者が浮かれ出て、お堂の近くをにぎやかに踊りまわったという。
  • 茄子婆ァさん:信長が比叡山を焼き討ちした時にいち早く鐘をついて知らせた老婆。茄子のような紫の顔をしている。その後も変事の前に現れて鐘を叩いて知らせた。

 ここでもまた織田信長が災厄として登場していますね(以前の記事の「虎御前山」参照)。

 比叡山は何しろよく知られた由緒正しいお寺なので、見どころこそ多いものの、境内には「ここが妖怪スポットですよ!」みたいなアピールがあるわけではありません。私が行ったときは怪異にまつわるスタンプラリーが開催中だったのでその手の看板がありましたが(というかそれを見たくて行ったんですが)、これは常設されてるものでもないでしょうし。 

 

 

(このスタンプラリーの怪談紹介プレートたち、全体的に初耳の要素が多く、それ作ってないですか?と思った箇所もなくもないです)

 

 それはともかく、茄子婆ァさんがついた鐘……の何代目かに当たるであろう鐘などはいつでも見ることができますので、「これかー」と思いましょう。私は思いました。

比叡山の鐘

 

 このスタンプラリーの看板によると、比叡山には七不思議の他に巨大アリの伝説などもあるようですが、これは「滋賀県妖怪事典」では拾えていませんでした。こういうのを見つけると嬉しい反面申し訳なくもなります。

 

 その他、大津と言えば瀬田の唐橋で俵藤太が龍神にスカウトされた話なども有名なんですが、特に写真は撮っておりませんでして。というわけで短いですが今回はひとまずこの辺で。続きます。

 

 

滋賀の妖怪スポットを回ってきました②湖東の人魚と琵琶博の竜骨図やガナイタ、あと琵琶湖の怪火など

 前回に引き続き湖東エリアの妖怪スポットの話など。

(なお、文中で紹介する妖怪譚についての正確な伝承や出典については省いています。気になる方は拙著「滋賀県妖怪事典」をご参照ください。また、文中の内容や写真は2025~2026年に記録・撮影したもので、最新のものではありませんのでご注意ください)


1.日野の人魚塚

 湖東と言えば何と言っても人魚です(諸説あり)。

人魚塚

 琵琶湖周辺(大津から近江八幡から能登川あたり)で人魚が本当の愛を探すアニメであるところの「さよならララ」の話ではなく(これは同作8話が終わったタイミングで書いており、この後どうなってしまうのかめちゃめちゃハラハラしています)、聖徳太子が琵琶湖の岸で人魚に出会って成仏させた話などがこの辺に伝わっているんですね。

 で、聖徳太子がこの際に建立したとされるお寺も近江八幡市にありますが、そっちには行けておらず、代わりと言っては何ですが日野町の人魚塚には行きました。多いんですよ湖東の人魚スポット。「ララ」もそのへん意識されてるんですかね。

 

人魚塚の解説

 人魚塚のある日野は琵琶湖からちょっと距離のある山間の自治体で、こんなところに人魚が?と思えるようなロケーションなんですが、どうもそこに出たらしいんです。7世紀から8世紀くらいに。

 日本の人魚は西洋のマーメイドに比べるとグロテスクという印象もありますけれど、日野の人魚は「上半身が美人で下半身は魚」という、オーソドックスなマーメイド型だったとされています(そうでない話もあります)。

 この方、渕に身を投げた人妻とそれを救った大きな鯉との間に生まれた娘さんで、本人は特に悪いことをしないんですが、存在しているだけで疫病をまき散らす体質だったそうで。時の天皇が使いを送って非難すると、人魚は住処の渕から飛び上がって岩に身をたたきつけて自害した(この死に方、入水ならぬ出水とでも言うんでしょうか)という可哀想な話が残っており、その話の舞台に人魚塚が建っています。

 妖怪スポットめぐりは行っても何もないことがほとんどなので、こういう塚とかがあるとちょっと達成感が高まります。

 人魚塚の所在地は、地元民的に分かりやすく言うと「ブルーメの丘」の近く、トンネルを一つ越えた先の山のほうです。行ってみると分かりますが、集落を越えた先の農地のその端っこみたいな場所でして、あたりには山と川と獣害除けの電気柵くらいしか見当たりませんでした。

 つまりかなり寂しい場所なんですが、それだけに何も悪くないのに死を選ばざるを得なかった人魚の悲哀が伝わってくるような気がしないでもなかったです。あとクマが出そうでハラハラしました。行かれる際はご注意ください。

人魚塚前の川。ここから人魚が飛び出して亡くなったのかもしれない

2.琵琶湖博物館のものたち

 草津市の琵琶湖の岸に位置する琵琶湖博物館は、自然科学も人文科学もやってる総合博物館です。余談ですがこれまた「さよならララ」繫がりですね(お姉さんの職場として登場してました)。「滋賀県妖怪事典」も売っていました。ありがたい。

 別に妖怪スポットというわけではないんですが、妖怪がかったものも展示されていることがあるのでここで紹介しておきます。

竜骨図

 江戸時代に田んぼで見つかった竜の頭骨を描いた図。実際は象の骨だというのは有名な話ですが、同館では古代ゾウの骨格標本や雲の中から現れる竜の模型も見られるので、「なるほど、あれが割れてひっくり返るとこれの頭骨になるのか」というのが体感できます。

 

 

 

 そしてガナイタにも触れておきたい。

 ガナイタは近世の文書に琵琶湖にいる記された謎の怪魚で、奇数の本数のヒゲと人を食ったような顔のおかげで一時期SNSの狭い界隈でバズったこともあります。

 拙著「滋賀県妖怪事典」にも紹介しましたが、2026年に開催された企画展ではこのガナイタがやたらフィーチャーされており、これが記載された各種資料のみならず模型まで展示されていました。

ガナイタの展示

 

3.琵琶湖のものたち

 湖東限定というわけでもないんですけど、ガナイタ繫がりで琵琶湖全域に広く伝わるものもここに載せておきます。

 湖上には色々出るんですが、多いのは怪しい火や光など。「亡霊子(ぼうこ)」「蓑火」「星鬼」など名前は色々で、その由来についても安土城から追われた武将やその身内の亡霊だとかなんとか色々語られています。

 あと、湖東に限って言えば、「琵琶湖には大蛇や竜が住んでおり、毎年六月末頃になると上流の枇杷の実を食べるために大波を起こして川を遡上する、あるいは定期的に美女に姿を変えて特定の寺院を訪れる」というタイプの話も複数確認できます。

 これらは特定の場所にいるとされるわけではないので「ここか!」というのはできないんですが、夜中や夕方に琵琶湖をぼんやり見るだけでも何となく雰囲気は感じられなくもないです。デカい水面いいですよね。

夕暮れ時の琵琶湖(守山市にて撮影)

夜の琵琶湖(高島市にて撮影)

 

滋賀の妖怪スポットを回ってきました①湖北の天女や巨人の山編

 タイトル通り、滋賀県内にある妖怪スポットを見てきましたよという記録です。ここんとこすっかり告知専用になっていたブログですが久々に告知ではない記事となります。

 昨年「滋賀県妖怪事典」を出して以降、ありがたいことに人前で滋賀の妖怪について話す機会もちょくちょくいただきまして、そこで話したことと被っている内容も多いんですが、自分用の備忘も兼ねてまとめておこうと思いまして。地元だけに(わたくし滋賀県在住です)行った場所は結構多いので、地域ごとに記事を分けます。

 なお、ちょいちょい紹介する妖怪譚の出典が気になる方は拙著「滋賀県妖怪事典」をご参照ください。また、文中の内容や写真は2025~2026年に記録・撮影したもので、最新のものではありませんのでご注意ください。

 というわけでまずは湖北地方編。名前通り琵琶湖の北、地図で言うと琵琶湖の上から右上あたりのエリアです。

 

1.余呉湖

 琵琶湖の北の山間に位置する湖です。ワカサギ釣りで有名ですが最近はあんまり釣れないという話もあったりなかったり。風光明媚で落ち着いたところで、冬場は渡り鳥もよく見られます。

余呉湖全景

 ここは天女伝説(羽衣伝説)で有名な湖でして、湖畔にはしっかり像が建っています。天女伝説というのは「天井から舞い降りてきた天女が水浴びしているところを見た地元の若者が羽衣を隠してしまい、天に帰れなくなった天女は若者と結婚して子供を産むが、なんやかんやで自分の羽衣を見つけて天に帰る」という感じの伝説ですね。許せないぜ若者。

余呉湖畔の天女像

天女像隣の解説より

 有名な伝説だけに地元に伝わるものだけでもバリエーションは多く、天女が残した子どもが地元の指導者の先祖になったり菅原道真だったりと様々な話が残っています。

 この余呉湖には上述の天女伝説の他、蛇になってしまった身を儚んで自ら湖に消えるお姫さま(菊石姫)とか、何者かに湖中に引き込まれた人が今も水中で機を織り続けているといった話も残り、さらに同地には「賤」という娘さんが恋煩いで亡くなった後に大蛇になったという話もありますが(この賤さんの霊を弔ったのがあの有名な「賤ヶ岳」とされています)、全体的に幻想的で悲しく美しい話が多いのが特徴です。

 無造作に人を食う老婆とか大入道とかそういう無粋なのは出ないんですよね余呉湖。雰囲気がいいだけのことはある。

 

2.伊吹山

 伊吹山は琵琶湖の北東、岐阜県との県境に位置する山です。戦後の開発で山肌がごっそり削られて土が剥き出しになってしまっているのが痛々しいですが、その高さは健在で、琵琶湖の対岸からも見えるくらい目立っております。最近はシカに荒らされているそうで。

伊吹山

 全国的にはヤマトタケルの最期で知られる山ですが、地元の伝承的には怪人・伊吹弥三郎伝説の土地という印象が強いです。

 この弥三郎は伊吹山を作った巨人だったり鋼鉄の皮膚を持つ荒くれ者だったりと話によって設定が異なりますが、まあ要するに凶暴で頑強で厄介な男です。弥三郎が山を作った時に踏ん張った足跡とか、弥三郎が山から投げつけた岩などにまつわる伝説も伊吹山周辺には点在しており、まだ残っているものもあるかと思うんですが、それらは確認できておりません。探して見に行かねばなあ。

 

3.虎御前山

 琵琶湖の東岸、虎姫町に位置する小高い山で、その名前は「虎御前」という女性だとされています。山自体はそれほど目立つものではなく、見上げてみても「あれか」くらいの感じなんですが、まあ妖怪スポットというのはおおむねそういうものです。

虎御前山

「虎姫」の地名通り虎御前はお姫様でして、今では阪神タイガースファンの信仰を集めているとかいないとか聞きますが、伝説上の虎御前は虎ではなく蛇です。虎御前伝説もバリエーションが多いんですが、「産んだ子供に鱗が生えていたので自分の本性が蛇だったことを知って絶望し入水する」という話がたぶん一番有名かと。

 この他に「虎御前は長命のキツネの名前で、現地で慕われていたが戦国時代に織田信長の軍勢に殺されたよ」という話もあり、こっちの話でもやっぱり虎じゃないんですよね。
 余談ですが、滋賀の伝説だと織田信長とその軍勢は「なんか急に侵略してくるやつ」という扱いで登場しがちで、怖がられていたことがよく分かります。

 

4.湖北の湖岸

 これは具体的な場所が特定できる話ではないんですが、琵琶湖の北岸一帯の各所には「阿曽津婆」にまつわる話が残っています。

 これは「かつて琵琶湖の北に阿曽津という村があり、そこにあくどい金貸しの老婆がいた。その老婆に苦しめられた人たちが共謀して老婆を簀巻きにして琵琶湖に放りこんだところ、老婆の怒りと怨みで津波が起こって阿曽津の村は沈んだ」というひどい話です(例によってバリエーションは色々ありますが)。

 まあこれはおそらく伝説であり史実ではなさそうなんですが、琵琶湖の北部の湖岸はゴツゴツデコボコしていたり切り立っていたりする場所も多いので、そういう風景を見ると、なるほどこの辺で村が沈んだのかもなあ……と思えたりしなくはないです。それを抜きにしても湖北の湖岸は景色がダイナミックなのでオススメです。

 

 

 ついでに、湖北の湖岸繫がりということで、別に妖怪スポットではないですが、漫画「劇光仮面」の劇中であの世と繋がる廃ドライブインとして登場した某所の写真もあげておきます。わたくし実話怪談には疎いのでモデルになった話(噂)があるのかどうかは存じませんが、雰囲気のある場所なのは確かです。

 

 

 なお阿曽津婆の怒りで滅んだ村はここよりもうちょっと北のほうだと思われます。

文学フリマ大阪14(2026/9/13)に出ます(ブース:こ-32)

 タイトル通りの告知記事です。

 2026年9月13日、大阪はインテックス大阪2号館で開催される「文学フリマ大阪14」に出展(出店?)します。ブースナンバーは「こ‐32」です。

bunfree.net

 

 なお、今回、特に新刊はございません。すみません。

 知ってもらう機会を増やしたいと思って申し込んだものなので、これまでご縁が無かった人の目に留まればいいなと思いまして……。まあこれは言い訳ですが。

 

 並べる本としては以下を予定しております。いずれも既刊のものです。

  • 滋賀県妖怪事典(商業刊行物、特別価格として2700円を予定)
  • 私家版 滋賀の妖怪がわかる 『滋賀県妖怪事典』非公式読本(同人誌、500円)
  • 私家版金沢妖怪事典(同人誌、1500円)
  • 私家版 金沢の妖怪がわかる 石川の妖怪もちょっとわかる(同人誌、1400円)

 

 先の京都の文学フリマ同様、同じ地域を扱った本をセットでお買い上げいただいた場合はちょっとお安くするつもりです。

 加えて、本業の方で書いている小説も、近刊「グレンデル寄宿学校のふたり」他、いくつか持って行きます。

 

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 また、委託として、昨年から関わっている能登半島復興支援メンバーシップ「つなぐSupport NOTO note」 企画で作成された合同誌「つなぐSupport NOTO 01」も販売いたします。(本誌の詳細については以下のリンク先をご参照ください) 

 

parubooks.stores.jp

 

 この合同誌、私(峰守)は「のと・かが百物語」というタイトルで石川の怪異を扱ったコラムを書いており、具体的には「猿鬼」の伝承のバリエーションや2009年の七尾市で始まった全国規模のファフロツキーズ事件などなどを紹介しています。

 

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 代り映えのないラインナップで恐縮ですが、入場無料のイベントですし、ご興味ありましたらお立ち寄りいただければ幸いです。