また今回も高島市編です。今度は市の北部、旧今津町、マキノ町あたりを紹介します。
(なお、文中で紹介する妖怪譚についての正確な伝承や出典については省いています。気になる方は拙著「滋賀県妖怪事典」をご参照ください。また、文中の内容や写真は2025~2026年に記録・撮影したもので、最新のものではありませんのでご注意ください)
1.日置神社(旧岩剣宮)周辺の大蛇退治伝説
今津地区の山間にある日置神社とその周辺には大蛇退治の伝説が伝わっています。


この大蛇、ただのデカい蛇ではなく、出雲のヤマタノオロチの生まれ変わりというなかなか格の高い存在でして、立派な角を生やし、近江・若狭・越前の三国の国境の池に住み、砂礫の雨や大洪水で周辺の村を苦しめていたのですが、老いた男女ペアの姿の神に退治されたとされています。
異説によれば退治したのは素戔嗚尊だともされており(二度目のヤマタノオロチ退治というわけですね)、なかなかスケールの大きな話です。
さすが転生ヤマタノオロチだけあって退治された大蛇の尾からは剣が出てきたそうで、大蛇を退治した神がこの剣を投げた先に「岩剣の神」が、角を投げた先に「角神」が祀られたとされており、この二つの神のうち、「岩剣の神」を祀ったのが日置神社とのことです。
とはいえ例によって現地にはその痕跡はない……と思いきや、訪問時にたまたまおられた神主さんに話を聞いたところ、社務所内の床の間に掛かった「岩剣大神」の軸を見せてもらうことができました。

神主さん曰く、氏子さんに周知したりはしていないが岩剣の神の伝説は知っているし昔は神社の名前も岩剣宮だったんですよ、とのことで、ちゃんと現地にその話が伝わっていたことが確認できました。レアケースです。
また、この大蛇退治伝説には結末部分が「神が天から剣を投げおろした先を『降宮(ふるのみや)』と呼んだ」となっているものもありまして、この「降宮」は、日置神社から少し琵琶湖方面へと下った先にある白山神社の境内社のことのようです。


現地には誰もいなかったの訪問時には確認できなかったのですが、後で地元の人に聞いたところ、ここが降宮社で間違いなさそうでした。
日置神社が山の麓に位置し、森を背負ったロケーションだったのに対し、こちらの白山神社と降宮神社は田んぼの真ん中に鎮座しており、その風景に対照性を感じたり感じなかったりしました。
2.海津
海津は、高島市の北端・マキノ町にある港町で、琵琶湖が水運で栄えていた時代は北陸に通じる宿場町でもありました。

今では宿場町らしさはあまり残っていませんが、往年に湖岸に築かれた石垣などは健在ですし、山と琵琶湖の間の狭い陸地に家々が並ぶ光景はこの土地ならではのものだと思います。


昔は行き交う人が多かっただけに残っている話も多く、暴走する馬の手綱を踏んづけて止めた剛力遊女「海津のお金」などはよく知られていますが、個人的には「池田屋の猫ばば」が好きです。
これは、近くの山で野宿をしていた旅人が狼の群れとそれを従える巨大猫、通称「池田屋の猫ばば」に襲われ、その巨大猫の正体は海津にある宿屋「池田屋」の老婆であった! という話でして、全国的によく知られた昔話である「鍛冶屋婆」とほとんど同じ……と言うかそのバリエーションの一つと見ていいと思うのですが、よく知られた話のローカルな亜種を見つけると、ちゃんとここにも届いていたんだな、とホッコリしたりするわけです。
3.川裾神社(川裾宮唐崎神社)
マキノ町の港町・知内にある川裾(かわすそ)宮唐崎神社、通称川裾神社は、その名前通り川のすそ、つまり河口近くに位置する神社でして、今でも昔と変わらず川と琵琶湖のすぐ傍に建っています。


ここのお祭りは毎年七月末なのですが、その祭礼に関連して「七月二十八日の川裾祭の七日前から祭礼の日までの間に川へ行くとカッパがお尻を抜く」とか、「盆や川裾さんの(祭礼の)日に水浴びすると、カワタロ(河童)が川の中から手を伸ばしてけつから肝を抜く」といった話が市内各地で確認されています。
一番暑くなる時期に水浴びできないのは辛い話ですけども、それはともかくここで面白いのが、これらの話の採録地域が川裾神社近辺ではなく、琵琶湖沿いの少し離れた町であること。
川裾神社は河口付近というロケーションのおかげか船を扱う職種の人たちの信仰を集めていた神社なのですが、河童にまつわる話を見ても、琵琶湖に沿った周辺地域でその祭礼日までもがよく知られていたことが分かります。
4.白谷
同じくマキノ町ですが、こちらは「谷」の名前通り山間の集落となります。


山の奥の方にあり、ペンションや別荘があったりなかったりするような場所なのですが、ここを舞台にしたこんな話があるんですね。
昔、白谷の明王山六坊に千加林院という大きく立派な寺があり、そこのご本尊である不動明王像は身の丈三メートルもあった。
この不動明王は、夕方になると寺を出て山の中を歩いた。出会った信者がその場に坐って手を合わせてお願いすると、どんなことでも聞き届けてくれたと言い、真面目な者は命を伸ばしてもらえたが、悪い心の持ち主はこらしめられた。
今も寺跡と修験僧徒が修行した洞穴が奥の山に残る。
残る、と言われていますが実際にあったかどうかは不明です。本当にあったのか千加林院。謎です。
そして輪をかけて謎なのが歩く巨大不動明王です。身長三メートルということは大体「大魔神」と同じくらいなわけで、それが毎日山中をウロウロしていたという、あまり類のないタイプの話です。さすがに実話だとは思いませんが、なんでこんな話があるのか、いつからあるのかは気になるところです。



















































