峰守雑記帳

小説家・峰守ひろかずが、見聞きしたことや思ったことを記録したり、自作を紹介したりするブログです。峰守の仕事については→ https://minemori-h.hatenablog.com/

発表報告「予言をしなくなった予言獣 誰がいつアマビエを変えたのか」ロングバージョン

(※この記事は、2024年2月17日にオンライン上で開催されたた第141回「異類の会」にて峰守が発表した内容をまとめたものです。短くまとめたものは異類の会のWEBサイトにて公開されていますが、せっかくなのでもうちょっと具体的な長いバージョンをこっちに載せておきます)

 

 2023年12月に刊行された「予言獣大図鑑」の拙稿「予言から疫病退散へ」では、2020年に端を発したコロナ禍を経て、報道や一般書(特に児童書)におけるアマビエの通俗的な性格(属性)が、「予言する妖怪『予言獣』の一種」から「伝統的な疫病退散祈願の対象」へと変質したこと、また、アマビエの疫病退散属性はコロナ禍以降に付加されたものではなく、かねてから存在していた一要素がコロナ禍をきっかけに大きく取り上げられた結果として性格の変質が起こった可能性があることを指摘した。今回は、このアマビエの変質の時期と過程について、主に新聞報道の記述を参考に報告を行った。

 変質の第一波は、2020年2月~4月にかけて起こった。同年2月以降にインターネット上でアマビエが流行する中で「疫病を退散させる妖怪」として扱われるようになったこと、また、その流れを受けて、厚生労働省が4月上旬(この日付については後述する)に「疫病から人々を守るとされる妖怪」として新型コロナウイルス感染拡大防止啓発アイコンに採用したことが、アマビエの変質に大きく関与したと考えられる。

 だが、新聞報道での扱われ方を見る限り、厚労省がアイコンとして採用した時期と、疫病退散妖怪という性格が固定化されていく時期にはズレがある。アマビエに言及した記事は3月から見られるようになるが、この時期から4月頃にかけての記事は、アマビエが疫病退散祈願に使われていることには触れつつも、あくまでアマビエを予言するもの(予言獣)として紹介しているのである。

 もっとも一方で、この時期には、本文ではアマビエを予言獣として扱いつつも、見出しでは「疫病退散の言い伝え」のように疫病退散属性を強調している記事も散見できる。このような齟齬は、「原資料や専門家によるとアマビエは『予言する妖怪』としか言いようがないが、現在ブームになっているのは『疫病を退散させる妖怪』としてのアマビエなのだから、その側面には言及しておきたい」という意識が働いた結果かと思われる。

 さらにこの流れを受けるように、4月初旬~5月上旬頃になると、見出しのみならず記事本文においても「江戸時代、病の流行を封じると信じられた妖怪アマビエ」のように、「アマビエは伝統的な疫病退散祈願のシンボルである」という設定が明記されるようになる。また、予言への言及も減少し、いつの間にか「江戸時代にはアマビエが疫病を封じる妖怪として広く信じられていた」という「史実」が存在したことになってくる。

 この傾向は定着し、5月中旬以降は「アマビエ=伝統的な疫病退散の妖怪」という図式は説明不要の既知の事実として通用するようになっていく。「アマビエは犯罪も封じます」 のような記事見出しからは、アマビエが何を封じる存在なのかは既に周知の事実である、という書き手の意識が窺える。

 2月以降のネット上でのブームを経て、既に通俗的妖怪としてのアマビエの性格は「予言獣の一種」から「伝統的な疫病退散のシンボル」へと変質していたが、それが再確定し、社会に定着したのが、この時期(5月中旬)と言える。

 2020年のアマビエの変質は、まず「新型コロナ収束」という社会的な需要(願望)に応じて偏った認識が広まり、その上で、報道機関が既に社会に広がっていたイメージに合わせた表現を多用してしまったことが念押しとなり、さらに、それらの記事が参照元として活用された結果、「伝統的な疫病退散の妖怪」という性格の固定化が生じたものと考えられる。

 なお、発表後の質疑応答では、厚労省がアマビエをアイコンに採用した日付について、発表者が「2020年4月9日」としていることに対し、「8日以前ではなかったか」との指摘を受けた。後日確認を行ったところ、厚生労働省のWEBサイトにアマビエを採用したロゴが掲載されたのは同年同月7日の深夜で、厚生労働省の公式Twitter(現X)アカウントによる本件の周知が行われたのが9日であった*1。正確には7日時点で採用されていたことになるため、機会があれば訂正を行いたい。

 また、アマビエの変質や社会への定着の過程を見るためには、新聞報道だけではなくワイドショーやニュース等の映像媒体にも気を配るべきとの指摘もあった。活字情報以外の分野の掘り下げ不足は自覚しているところであり、今後の課題と受け止めている。

 質疑応答の中では、変質後のアマビエ像を示す資料として取り上げた児童書の監修者から、同資料の編纂中にアマビエの記述が疫病退散妖怪へと傾いていった過程を具体的に聞くこともできた。このあたりの情報も今後生かしていくこととしたい。

*1:2020.04.09公開のJ-CASTニュースの記事「アマビエ、ついに厚労省に「採用」 若者向け啓発アイコンに: J-CAST ニュース」によると、「コロナ対策本部広報班によると、アイコンは2020年4月7日の深夜に厚労省のウェブサイトに公開された。SNSなどを通じて若者の間に広まっているアマビエを採用することで目を向けてもらい、感染拡大防止に協力してもらうことが狙いという。9日には厚労省ツイッターアカウントでアイコンと共に「STOP!感染拡大」を呼びかけており、「テレビ見ない若い人に興味持って貰うにはぴったりだと思います」といったリプライが寄せられている。」とのこと。