峰守雑記帳

小説家・峰守ひろかずが、見聞きしたことや思ったことを記録したり、自作を紹介したりするブログです。峰守の仕事については→ https://minemori-h.hatenablog.com/

新宿の妖怪学(や東映ヒーロー)の聖地などを回ってきました

 先日、久々に上京する機会があったので、新宿方面の妖怪がかったスポットをピンポイントで回ってきました。

 まず最初に行ったのは全勝寺

 四谷三丁目駅から歩いて十分ほど、古い住宅街の中にあるお寺です。

 このお寺にはこういう伝説が残っております。

四谷杉大門の全勝寺に一切経の倉庫があつて、お経ばかりでなく、多様多種の書冊(※本のこと)が納めてあつた。そして誰にでも貸してくれる。借覧者は返還する際に、必ず何なりとも一冊子を寄附する例で、ほとんど図書館の体裁をなして居た。(中略)昔は経蔵の施主本姫(ほんひめ)様といふ女性が、一切経を二度まで通読したほどの読書家で、自己の遺体を瘞埋(えいまい)した上にこの書庫を建てさせ(以下略)
(「大名生活の内秘」より)

 古文なので分かりにくいところもありますが、要するに、昔、大変な読書家だったことから『本姫(ほんひめ)』と呼ばれたお姫様が若くして亡くなり、その蔵書がこのお寺に収められた、という話です。

 その本は図書館のように誰でも借りることができたが、返す時は一冊別の本を寄贈しなければならないという決まりがあり、本を返さないとお姫様が督促に来る……という、怖いんだか怖くないんだか微妙な伝説とセットで語り残されています。

 江戸時代に公共図書館的な仕組みがあったらしい、あと返さなかった時のペナルティがだいぶヌルい(元図書館員としては一軒一軒督促に回る辛さはよく分かりますし、お姫様は祟るとかしてもいいと思います)あたりが味わい深くていいですね。

 新宿の住宅街のど真ん中という舞台も合わせて好きな話でして、これを元ネタにしたのが拙著「新宿もののけ図書館利用案内」です。

 上記の書庫は時代を経て妖怪や幽霊専用の図書館として続いていた……という設定で、館長の本姫様に館長代理を押し付けられた若い化け猫が、人間の司書を雇って二人三脚で頑張る大都会ほっこり人情ものです。2巻まで出ておりますのでよろしくお願いいたします。ちなみにこの本、なぜか新宿歴史博物館(良い博物館です)には郷土資料扱いで所蔵されています。ありがたいことです。

 あと、この全勝寺、四方を建物に囲まれてる上、入口が一見すると民家にしか見えないのでかなり分かりにくいです。ご注意を。

 実際に行ってみても本姫様ゆかりの何があるわけでもないですが、新宿歴史博物館(良い博物館です)に行く途中に寄るとちょうどいい位置なので合わせて巡るコースがおすすめです。

 

 さて、ここからが今回の本題。

 井上円了(以下文中の敬称略)という人がいます。というか、いました。戦前に活躍した仏教哲学者で、東洋大学創始者として有名ですが、その界隈では「妖怪学」の人として知られています。

 妖怪学というのは、科学的啓蒙精神に則って妖怪(※ここで言う「妖怪」は占いや伝説を含む迷信全般を指します)の正体を暴く学問のことで、これの提唱者であり代表者が円了です。

 円了の妖怪学を扱った著作は色々ありまして、総論的な「妖怪学講義」が多分一番有名ですが、個人的には「この話はこういう理屈で否定できる! はい次!」という一題一答形式で具体的な事例をズバズバ切っていく「妖怪玄談」「妖怪百談」あたりが好みです。

www.aozora.gr.jp

dl.ndl.go.jp

 各パートが短いので比較的読みやすく、ネットでも読めるのでご興味おありの方はぜひぜひ。

 まあ、妖怪を基本的に否定し、その手の話を信じる人を無慈悲に論破していくスタンスについては、妖怪好きとしては相容れないところもありますが、そういう姿勢の人も時代的に必要だったんでしょうし、事例をこれだけ集めた点は素直に凄いと思えます。

 また、この円了的な姿勢へのカウンターとして、「いや、『いるかいないか』じゃなくて、何でそういう話が生まれて残ったのか考えようよ、そのために記録しようよ」という立場の柳田国男が現れて妖怪伝承を集め、その成果が戦後になってようやく本にまとめられ、それがちょうど「鬼太郎」をシリーズ化せんとしていたタイミングの水木しげるの手に届いたことで「実在の伝承をキャラとして取り入れていく」という戦後妖怪もののフォーマットが生まれ、さらに鬼太郎が息の長い作品になったおかげで私が去年ノベライズの仕事で印税を頂いて……という流れを思うと(このくだり、かなり強引に端折ってますので、詳しく知りたい方はちゃんとした本を読んでください)、妖怪史的にはめちゃくちゃ大事な人であり、個人的にもお世話になっているのだなあと言わざるを得ないわけです、円了先生。

www.poplar.co.jp

 

 で、前置きが長くなりましたが、この円了先生が自身の哲学的理念を反映させて作った公園が、新宿は中野にある哲学堂公園

www.tetsugakudo.jp

 公園の案内を見てもらうと分かるんですが、「無尽蔵」とか「理想橋」とか、施設のネーミングがいちいちかっこいいんですね、ここ。

 特に書庫の名前である「絶対城」は、「あらゆる書物を集めて読み尽すことで人は『絶対』の境地に至れる」という由来も込みで大変にクールかつロックで、一応わたくしの代表作であるところの「絶対城先輩の妖怪学講座」の主人公の「絶対城」という名前はここから拝借しております。「妖怪学」も勿論円了のそれがベースになってます。

 ちなみに「絶対城先輩の妖怪学講座」は、円了由来の妖怪学を修める変な学生が、仲間とともに妖怪伝承の正体を暴いていくという全十二巻の伝奇連作です。先日合本版も電子書籍で出ましたので、ご興味おありの方は宜しくお願いいたします。

 今回宣伝が多いな。

www.kadokawa.co.jp

 本物の絶対城がどういう施設なのかは後述するとして、まず入口から。

 ここの入口である「哲理門」の中には、唯心論(精神)の象徴たる幽霊と唯物論(物質)の象徴である天狗の像が鎮座しています。

「絶対城先輩」の主人公の相棒が「湯の山礼音」(苗字と下の名前を繋げると「ユーレイ=幽霊」)と「杵松明人」(「天狗=アマツキツネ」のアナグラムがベース)の二人なのはこれが由来です。

 現在の公園の門にある像は彩色されたレプリカで、オリジナルの像は保存のために哲学堂公園近くの中野区歴史民俗資料館に所蔵されているんですが、今ちょうど(4月14日まで)公開されております。というかそもそもそれを見に行ったんですよね、今回。

 というわけでこれが円了発注のオリジナルの天狗と幽霊の像です。コワイ!

 


 画像がボンヤリしているのは展示室がかなり暗く光量が少なかったためです。同館の公式アカウントが見やすい写真をアップしてくださってたのでそっちも貼っておきます。

 二、三分いたら目が慣れてきてかなり見えるようになりましたが、暗い部屋で腕を組んで無言でジーッと幽霊を眺めてるおっさんは、こわごわ入ってきた小学生の兄弟にはかなり不気味に見えたことと思います。実際ビクッとされました。

 こわくないよ。おじさんは幽霊の歯や天狗の足の爪を凝視していただけだよ。

 

 閑話休題哲学堂公園探訪記の続きに戻ります。

 天狗と幽霊が陣取る哲理門をくぐると広場がありまして、その向こうに見える白い建物が「絶対城」です。

 城というネーミングにもかかわらず箱めいたシンプルな形状、天井に延びる梯子のデティール、木々の中に真っ白の建物がドンとある佇まいの面白さ! 美人な建物だなあ! と来る度に思います。今回も思いました。

 近くにはベンチもあるので、公園入口にある昔ながらの佇まいの売店で煎餅とコーヒーなど買った上でベンチでのんびり眺めると贅沢な時間が味わえます。ビールとか売ってるとなお嬉しかった。

 

 で、この絶対城がある広場には「時空岡」というクールな名前があるんですが、絶対城の他にも色々な建物があり、それぞれ「三學亭」「六賢台」「四聖堂」「宇宙館」「無尽蔵」と名づけられています。(上の写真で言うと右の塔が六賢台、左の建物が四聖堂)

 どれも名前がイカしますね。「絶対城先輩」シリーズがライバルが続々登場するバトルものだったら「宇宙館後輩」とか出てきてたと思います。「理想橋」と「無尽蔵」は多分ラスボス候補。

 この公園、広場以外にも池やら岡やら橋やらと盛りだくさんで、タヌキや鬼を模したオブジェ(燈台)なんかもありますし、それぞれにちゃんと哲学的な意味もあるので大変奥深いんですが、全部紹介するとキリがないので気になった方は公式の案内をご覧ください。

 

 

 まあ、いちいち哲学的な意図を読み解かなくとも、結構広くて高低差もある公園ですから普通に歩き回るだけでもどんどん景色が変わって楽しいですし、いい運動にもなります。

 実際、運動に向いてる公園だと思うんですよね哲学堂公園。ランニングもできますし、身体を動かす広場もある。

 で、ここを日々のトレーニング場に使っていた武道家として知られるのが、山地闘破、またの名を戸隠(とがくれ)流正当・磁雷也。そう、世界忍者戦ジライヤの主人公ですね。

 この哲学堂公園、「ジライヤ」ではトレーニングするシーンでよく出てきます。

 主人公の闘破が兄弟弟子のケイや学と公園内の川沿いの道をランニングした後、先述の時空岡の広場で稽古をしていると、知り合いの世界忍者が訪ねてくる……という場面が何度かあります。

 具体的に言うと31話「パリで見つかった武田信玄の愛刀」では、異形忍紅トカゲ(いぎょうにん・べにとかげ)が、44話「磁雷神大爆破!!戦場の父と娘」では、爆忍(ばくにん)ロケットマンが、ここで稽古中のジライヤたちと再会しています。頭がとんがった世界忍者がよく来る公園だと言えましょう。

 個人的には、44話で哲理門にギリギリのところで引っかかりそうで引っかからないロケットマンの頭頂部が見どころだと思います。

 というわけで「ここで紅トカゲが磁光真空剣の威力を見せてくれとせがんだのか……!」とか感動して帰ってきたんですが、帰宅後に調べたところ、ジライヤ一家の自宅であるマンション(として使われたロケ地)もすぐ近くにあったことを知りました。

ameblo.jp

 あんなに近くにあったのか武神館!

 つまり哲学堂公園は作中設定的にもリアルに主人公たちの家の最寄りの公園だったわけで、トレーニング場に使うのも納得です。マンションも見てくりゃ良かった。

 

 なお哲学堂公園に来た東映ヒーローはジライヤだけでなく、「アクマイザー3」の三人も訪れています。

 28話「なぜだ?!恐怖のテングあやつり」では、その回の怪人であるアクマ族・オニテングの本拠地がここの地下にあったという設定で、クライマックスのバトルが哲学堂で繰り広げられます。

 まず、アクマイザー3の三人であるところのザビタン・イビル・ガブラが

「ザラード!」「イラード!」「ガラード!」

「「「唸れジャンケル! アクマイザー3!」」」

 の名乗りをあげたのがこの三學亭。

 神道平田篤胤儒教林羅山、仏教の釈凝然を祀った三角形の東屋で、ちょっと小高い位置にあり、三人組のヒーローが名乗るのに相応しいロケーションとなっております。

 続いてザビタンは六賢台(荘子朱子、龍樹、迦比羅仙、聖徳太子菅原道真を祀った建物)の前でアグマー兵(戦闘員)と戦い、四聖堂(孔子、釈迦、ソクラテス、カントを祀った堂)前でオニテングと戦った後、さらに宇宙館(講義室)の屋根に飛び乗って(!)アグマーに応戦、さらに絶対城の前で待ち受けるオニテングに切りかかる!

 一方イビルは四聖堂の縁側でアグマーと戦ってから手前の広場に移動! そしてガブラは絶対城の向かいのベンチで戦闘員と応戦した後、無尽蔵の前でリミッターを解除してデンブル(鉄球)を振り回し、その後再びザビタンにカメラが戻って、ザビタンとオニテングが三學亭前の広場で宇宙館と絶対城を背景に切り結ぶ! というフルコースぶりで、時空岡をフルに使っているため、当時の様子がよく分かります。

 というか当時は宇宙館の屋根に乗って良かったんだ。

 鬼と天狗の像がある場所に「オニテング」が陣取っているというのもなかなか興味深いですし、井上円了「行く道一つただ一つ、これがわれらの生きる道」(アクマイザー3主題歌「勝利だ!アクマイザー3」より)みたいな生き方の学者だったので、ある意味アクマイザーの三人に相応しいロケーションだったと言えるかもしれませんね。知らんけど。

 で、このアクマイザーの哲学堂ロケ、ネットで見て回っても言及してる人が少なくてですね。

 とはいえロケ地探訪ブログをアップしてる方もおられまして。

showalocations.blog.fc2.com

 たいへん詳しく紹介されていたので、やはり気付く人は気付くんだなあ……と思って読み進めていくと、この公園がアクマイザー3に使われていることは、小説家・峰守ひろかずさんのツイッターで知りました」のこと。僕やんけ。世界の狭さを感じました。

 というわけで後半は妖怪学ゆかりの地というより東映ヒーローロケ地探訪記になってしまいましたが、哲学堂公園に行ってきましたよ、という日記でした。

 

 ちなみに井上円了のお墓は哲学堂公園のすぐ向かいにある蓮華寺にありまして、せっかく来たので拝ませてもらってきました。

「井」「円」を象ったアバンギャルドな造形が「これは井上円了の墓です!」と全力で主張しており、強さを感じました。いつもお世話になっております。