性懲りもなく十月に金沢の妖怪スポットを巡ってきましたので、その時に見てきたところの記録です。
なお前のレポートはこちらです ↓
金沢行ってきました(妖怪スポット巡り① 市街地編) - 峰守雑記帳
金沢行ってきました(妖怪スポット巡り② 山と川編) - 峰守雑記帳
▽大乗寺
今回の最大の目的地だった立派な修行寺です。
まずはここにまつわる伝説をお読みください。以下は「私家版金沢妖怪事典」からの引用です。
大きい蟹【おおきいかに】
大乗寺(長坂町)の何代目かの御坊さまの厳しさに耐えかね、井戸へ飛び込んで死んだ一人の坊さんが大きな蟹と化したもの。夜になると死んだ坊さんが井戸から現れ、蟹となり、寺にいる坊さんを食い殺した。三人ほどが犠牲になり、四人目の住職も住職を名乗る坊主に問答を挑まれたが、住職が「四足八足十足二足、にゅうっと出たのは目じゃないか」と言って数珠で叩くと、蟹は死んだ。それから怪しい坊さん(蟹)が夜中に出てくることはなくなり、四人目の人は寺に長く居続けた。
蟹の化け物【かにのばけもの】
越中の蟹谷村にいた蟹の化け物。あちこちの寺に問答を仕掛けて全部負かし、あとは加賀の大乗寺(長坂町)しかないと思って大乗寺を訪れ、そこの和尚に禅問答で負けて正体を現し、池へ浮いた。大乗寺の年一回の虫干しでは「イバラ蟹」という、針(トゲ)が生えて大きさは二十センチほどある蟹の甲羅が出されていた。
問答を仕掛けてくるカニの化け物が高僧に退治されるという、いわゆる「蟹坊主」系の話ですが、一例目の話は蟹の正体が修行に耐えかねた僧だったとしているあたりが独特です。変身人間だ! 二つめの話も蟹が侵攻してくるあたりがいいですよね。
この蟹坊主は元々好きな妖怪で、自作に出てもらったこともありますので、現場となる井戸や池はぜひとも見てみたい。
というわけでお寺の方に聞いてみました。
「井戸はどこにありますか?」
「ありません」
「池はありますか?」
「ありません」
「大きな蟹の甲羅を毎年虫干ししていたと書いてありますが」
「聞いたこともないですね」
ああ――。
そうか――。
初めから存在しなかったのだ――。
井戸も――。
池も――。
蟹も――――――。
というわけで何も見られませんでした。蟹坊主め! でもまあ妖怪スポット巡りでは往々にしてこういうことがあります。
なお、お寺の方が言われるには、厳しい修行寺として昔から有名だったとのことなので、修行に耐えかねた僧が蟹になる話はそのあたりから生まれた可能性はあります。
蟹は抜きにしても広くて静かで厳かで落ち着ける大変素敵なお寺でしたので、行って良かったのは確かです。でも井戸は見たかった。
▽須々幾(すすき)神社
昔、ある武士が、河北潟(この近くの潟湖)で釣り上げたスズキが美しい女に姿を変えた。武士と女は結ばれるが、三年後に女は死んでしまう。武士は妻を須々幾神社の境内に埋葬し、武士も没後同じ塚に葬られた。この塚は三薄(みすすき)の宮と呼ばれ、塚にはススキが生えたが、このススキを切ると血が迸り、また、塚の祭祀を怠ると疫病が流行った……という話にまつわるのが、この須々幾神社です。
いわゆる異類婚姻譚の中の魚女房系の話で、女が死ぬのではなく竜宮に呼ばれて海に帰ってしまうなど、バリエーションはいくつかあるようですが、エンディング部分が妙に湿っぽいというか縁起が悪くて印象的なんですよね、この話。
ススキとスズキと須々幾の掛け言葉になってるあたりも好きです。
この神社、話を読む限りではかなり海に近いイメージだったんですが、実際は海から結構離れており、農業集落の中の小さな神社という感じでした。まあ当時と今とでは海岸線の場所が全然違ってるんでしょうが。
なお境内にススキがあれば拝んでこようと思ったんですが、一本も生えていませんでした。
ああ――。
そうか――。
ススキも生えていなかったのだ――――。
▽御亭山(おちんやま)
須々幾神社のすぐ近く、田んぼが広がる風景の中にある小さな丘です。
かつて蓮如に河北潟を見せるために土を盛って作られた山であり、ここに生える二本の榎は蓮如が刺した箸が伸びたもの、超常にある卵型の石は蓮如が持ったものと伝わっています。
また、このあたり(才田町)は化け狐の話が多いところなのですが、この山の穴に住んでいた狐は最も老獪で賢かったとか。
他にも、いわゆる椀貸伝説(法事とかでお膳が足りない時に不足分をレンタルしてくれるが、ケチなやつが返さなかったため貸してくれなくなった)なども伝わっている、盛りだくさんな山です。伝説を抜きにしても、開けた平地の中にポコッと盛り上がっている光景が面白い。
ここを訪れた時はちょうど気持ちよく晴れており、山上から見える空は「仮面ライダー響鬼」のタイトルロゴが出そうでした。
▽倉ヶ岳の大池
倉ヶ岳という山の山頂にある大きな池です。
「勧進帳」他で知られる富樫左衛門がここに身を投げて以来、命日になると乗馬した左衛門の霊が出るだとか、高尾城で一揆勢に敗れた富樫政親が入水して以来、真っ赤な鞍が浮かぶようになったとか言われているのが(多分)この池だと思います。
また、とある潜水の達人が潜ったところ、池の底で白髪の老翁が机に向って何かを書いていたという話もあります。老人は「ここへは二度と来てはいけないし、ここで見たことを誰かに話すと死ぬ」と警告したため、潜水名人はそのことをずっと黙っており、死に際に話したと言われています。
で、実際に行ってみると、濁った静かな水面に周囲の風景が写り込んでいる神秘的な池で、いかにも出そうでした。いや、富樫左衛門の霊とか水底の老翁とかではなく熊が。
レンタカーで池の近くまで行けたので見に行きましたけど、池に近付いて覗いてみたり、徒歩で一回りしたりするのは怖かったので断念しています。
あれはもう絶対いる雰囲気でした。熊が。
▽高尾山
高尾山は一向一揆に攻め滅ぼされた高尾城があった山でして、その山上には、城主の怨念が火の玉と化した「高尾(たこ)の坊主火」なる怪火が出ると言われています。
この「高尾の坊主火」、金沢を代表する妖怪だとずっと思ってたんですが、ちょっと冷静になって考えてみると別にそこまで有名でもないんですよね。なんでそう思ってたんだろう。
山上の見晴らし台への車道は封鎖されてまして、徒歩で登れる登山道はもう露骨に出そうだったので(熊が)、山上までは行けておりません。
ただ、山の中腹からでも金沢城下から日本海まで見渡すことができ、なるほど山城を建てるにはもってこいの場所だなと思ったことです。
▽来教寺
金沢中心地からほど近く、卯辰山の麓の寺院群の一つにあるお寺です。
烏天狗の絵馬で有名だそうで、確かに本堂には烏天狗や天狗の絵馬がたくさん奉納されていました。
お寺の方が言われるには、これらの絵馬は明治以降(日新日露戦争時代)の新しいものだそうですが、本堂内には帯刀した烏天狗・鼻高天狗の像が鎮座しておられ、京都の鞍馬寺とのかかわりもあるとのことで、由緒正しい天狗の寺とお見受けしました。
その他、色々興味深い話も伺いましたがここでは省略します。エキサイティングだった。
▽光覚寺
こちらも卯辰山の麓にあるお寺で、ここには飴買い幽霊の話が伝わってます。寺の前の坂は「飴屋坂」と呼ばれていたとか。
ここを始め、金沢には飴買い幽霊(子育て幽霊)の話がとにかく多いのですが、分布や伝播の過程もちゃんと調べてみたいところ……といったところで、今回はこのくらいにしておきます。
今回紹介した伝承について詳しく知りたい方は「私家版金沢妖怪事典」を(品切れ中なので持ってる人から借りるとか金沢市の図書館に行くなどして)読もう!