峰守雑記帳

小説家・峰守ひろかずが、見聞きしたことや思ったことを記録したり、自作を紹介したりするブログです。峰守の仕事については→ https://minemori-h.hatenablog.com/

「あやかし」という言葉のニュアンスと泉鏡花についての私見というか雑感

 先の記事に書いた通り「少年泉鏡花の明治奇談録 城下のあやかし」という本が三月に発売されることになりました。

 この副題にある「あやかし」という単語、妖怪や怪異の同義語としてライト文芸(キャラ文芸)ではお馴染みのワードです。

 一方で、めんどくさい妖怪好きにこの単語を使うと「『あやかし』はそもそも海に出る化け物のことでねえ、妖怪と同じ意味で使うのは違うんだよねえ……」などとしたり顔で言われたりすることもある単語としても知られています。

 私も一時期言ってましたが(猛省)、いつから今のニュアンスになったのか、前に一度調べてみたことがありまして。そしたら「あやかし=妖怪全般」の意味合いで使われるようになったのは案外古かったんですよね。少なくとも戦前の娯楽小説では「あやかし=お化け全般」の意味合いで定着してたっぽいんです。

 で、さらに興味深いのが、その原因(の一つ)になったのは泉鏡花じゃなかろうかと私は思っているわけです。あの時代の作家の中では「あやかし」の使用率が飛びぬけて高いんですよね、泉先生。

 ご本人の名誉のために補足しますと、泉鏡花先生はさすが正統派のお化け好きだけあって基本的に「海の怪異」の意味合いで「あやかし」を使われるんですが、知らない人が読むと「これって『妖怪』のカッコいい言い換えじゃない?」と思えるような使い方をされるんですよ。

 で、鏡花は同業者にもファンの多かった人気作家ですから、このへんから「あやかし」が「妖怪全般」の意味合いを強めていったんじゃないか、だとしたら泉鏡花は(ご本人は不本意かもですが)現行の「あやかし」概念の創始者みたいな人なんじゃないか……と勝手に考えている次第です。

 そんなわけで今回の副題の「城下のあやかし」、ぱっと見は「ああ、城下町に妖怪が出るんだなー」くらいの意味合いに見えますが、鏡花の「あやかし」は「海に出るやつ(正確に言うと、海に出て船乗りをあの世に誘う怪光とか怪火)」なので、「本来はそこにいるはずがないものがいる!」というニュアンスが含まれています。あと現行の「あやかし」概念の生みの親(?)へのリスペクトも多分に含まれています。伝わってほしい! でもまあ伝わらないのも分かっています! とかそんな思いがこもった副題です。よろしくお願いいたします。