峰守雑記帳

小説家・峰守ひろかずが、見聞きしたことや思ったことを記録したり、自作を紹介したりするブログです。峰守の仕事については→ https://minemori-h.hatenablog.com/

軽い気持ちの調べもので難儀した話(2)、あるいはあのSNSに救われた話

 新刊小泉八雲先生の「怪談」蒐集記」がおかげさまで本日発売となりました。ワオワオ。

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 先の記事でもお伝えしたとおり三か月連続刊行の二冊目で、先月には大正伝奇ロマンス「最後の陰陽師とその妻」が出ており、そして2025年1月4日には昭和辺境伝奇冒険譚「拝み屋の遠国怪奇稿」が出ます。

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 特にフェアとかではないので全部買うと何かがあるわけでもないんですが、それぞれジャンルが違うので(全部妖怪は出ます)、年末年始のお供にしていただければ幸いです。

 今回は初めての角川文庫からの本ということで、幼少期から親しんできたレーベルなのでこれまでの自著とは違う感慨があります。

 巻末にあの「第二次世界大戦の敗北は、軍事力の敗北であつた以上に、私たちの若い文火力の敗退であつた。(中略)この文庫を角川書店の栄ある事業として、今後永久に継続発展せしめ、学芸と教養との殿堂として大成せんことを期したい」が入っている喜び!

 せっかくなので数十年来の同レーベルの愛読書(の一冊)と並べて写真を撮りました。

 

 角川文庫の古典落語シリーズは小学生時代以来の愛読書で、今でも枕元に何となく置いてあります。寝入り端にちょっと読むのにちょうどいい。

 

 さて、出たばっかりの新刊(しかも一応ミステリー)のネタばらしをするわけにもいかないので、「小泉八雲先生の~」の裏話的なやつを一つ書こうと思います。

 本作の主人公というかキーパーソンの小泉八雲ラフカディオ・ハーン、以下文中敬称略)は実在した人物です。明治の実在の文学者ものという意味では、先に出した「少年泉鏡花の明治奇談録」シリーズと通じるジャンルですね。

 

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 私は、実在した人や物事を扱うからにはなるべく史実に忠実に描写したいと思う作家なので、今回もなんやかんやと調べました。

 「少年泉鏡花」の時の主人公はタイトル通り少年期の泉鏡花だったので、そこまで資料は多くなかったのですが(当然ながら、成人して作家デビューしてからに関する資料の方が圧倒的に多いので)、今回扱う八雲は四十代。

 家族持ちの大学講師であり、後世で代表作となる「怪談」こそまだ書いていませんが、既に文筆家としてバリバリ活躍している年代です。なので当然資料は山ほど残っています。

 加えて、泉鏡花は小説家であり、本人のイマジネーションに基づいた文章を書く人なので、本人の記述内容を全面的に信用するわけにもいかなかったのですが、対して八雲は随筆家です。基本的に実際に見聞きしたことを書く人です。さらに家族や教え子など、周辺の人も八雲に関する記録はたくさん残しているし、後年の研究も進んでおり、明治時代の人なので写真も多く残っています。

 なので、資料こそ多くて大変ではあるものの、分からなくて困ることはないはず……と思ってたんですよ。書き始めるまでは。

 

 どこで詰まったかというと八雲の外観描写です。

 具体的には八雲の髪の毛と瞳の色が分からない。

小泉八雲先生の~」の視点人物(主人公)は八雲本人ではなく、八雲宅で住み込みで働くことになった女中の少女(カバーイラストの左側にいる人)なので、その視点から八雲を冒頭の出会いのシーンで描写しようと思ったわけです。何を着ていて、背丈はどれくらいで、髪は何色で瞳は何色で……みたいな感じに。

 ここで色を決めておかないと、表紙のイラストをイラストレーターさんにお願いする上でも困りますしね。

(なお本作のカバーイラストは「こより」さんにご担当いただきました。ありがとうございます!)

 というわけで髪と瞳の色をサクッと調べてサクッと記述しようと思ったんですが、これが分からない。

 

 写真は多いとはいえ白黒写真の時代なのでどれを見ても色は分かりません。八雲は左目を失明しており、常に右を向いた写真しか残さなかったことで有名で、左目は白濁していたという記述もあるんですが、じゃあ右目は何色? というのが分からない。

 先述の通り資料は多いんです。だから経歴はめっちゃ分かります。人となりも分かるし話し方も分かる。好き嫌いも分かる。大学でどんな風に講義をしていたか、何を飼っていたか、散歩の時はどんな服装だったかさえ全部分かる。なのに髪と瞳の色が分からない!

 頼りにしてた小泉セツ(八雲の奥さん)のエッセイも、ずっと一緒にいた家族による回想なので、八雲の外観についてはすっ飛ばされて、言動のことしか書いてないんですよね。これは困った。

 

 余談ですが、これらの資料を掘り返す中で、特に求めていなかった外堀だけはどんどん埋まっていきました。

 先述の通り「小泉八雲先生の~」は女中の少女が視点人物で、この子と、八雲宅に寄宿している書生の青年との交流がストーリーの主軸の一つなのですが、資料を読めば読むほど、実在した女中や書生についての情報が判明していき、オリキャラをねじ込む余地がどんどんなくなっていくわけです。そこはまあ創作ということで開き直らせてもらいましたが……。後書きにも書いたように、この作品はフィクションです!

 

 話を戻しましょう。

 八雲の髪と色について、一応参考資料はあることはあるんです。具体的には日本画家の鈴木朱雀(1891~1972)が描いた肖像画。これを見る限り、八雲の髪と瞳は薄いグレーで彩色されています。とりあえずこれを信用して書けばいいだろうけど、他にも何かもう一つくらい……などと思っているうちに時間は過ぎ、原稿提出期限は迫ってきます。

 というわけで最後の手段として島根県松江市小泉八雲記念館に頼ることにしました。

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 困った時は専門家に頼るのはレファレンスの基本ですからね。というか、ぶっちゃけた話、最悪ここに聞けば分かるだろうと高を括っていたところもあります。

 ところが、記念館の学芸員さんからいただけたのは「うーん……、確か息子さんが何か書いてた気がするんですけどね……」というフワッとした返事でした。これは正直かなり意外でした。あれだけ有名で時代も現代に近くて記念館があるレベルの人なのに、そこがはっきりしないんだ! という驚き。

 さらに「でも鈴木朱雀の絵がありますよね」と持ち掛けたところ、「あれは本人じゃなくて息子をモデルにしてるので信用しちゃダメです」と言われてしまい、こうなるともう打つ手がありません。

 この頃にはもう原稿に手を入れられるリミットは目前だったので、詰んだと思ったというお話でした。

 

 なお、この件の後日談ですが、mixiでつぶやいたら一晩で解決しました。ありがとうマイミクの某先生。八雲の息子である小泉一雄氏の「父「八雲」を憶う」他の資料によれば髪も目も黒かったそうです。なるほどね。

 今日の結論:mixi最強。