去る2025年8月9日、白澤の彫刻が残る町として知られる福島県川俣町にて「妖怪シンポジウム かみの妖怪 きの妖怪」に登壇し、「フィクションの中に生き続ける妖怪たち」と題してお化けの話をしてきました。


白澤になってみないかい?
というわけで、今回はその報告です。
まずは講演内容から。以下は、事前に川俣町に提出し、当日配布された資料に掲載された講演要旨を基に追記・修正を行ったものです。
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「フィクションの中に生き続ける妖怪たち」 (峰守ひろかず)
1.妖怪を扱ったフィクションの分類
現代において妖怪は多くのフィクションの題材となっている。フィクションにおける妖怪はジャンルではなくモチーフであり、ホラー、ミステリー、コメディ等、様々な分野で活用できる題材である。なお、その使われ方を大別すると以下のように分類できると考えられる。
・作中に妖怪が実在し、それらと戦う
・作中に妖怪が実在し、それらと共存する
・作中に妖怪が実在せず、それらを調べる
・作中に妖怪が実在せず、それらを何かになぞらえる
2.妖怪を扱ったフィクションのセオリーと特徴
妖怪を扱ったフィクションには原則として出典や参考資料(元ネタ)が欠かせない。近世以前のものでも現代の作品でも、妖怪ものは原則的に伝説や昔話に依拠している。オリジナルの妖怪が登場する作品においても、作中では「昔から伝わっていたもの」という設定が付与されたり、あるいは実際の伝承や記録がモデルになっていたりすることが多い。
また、妖怪を扱ったフィクションでは、人気のある妖怪は繰り返し使用され、その過程を通じてさらに知名度が上がっていくというサイクルが生じる。こうして現代で有名になった妖怪の一つが、川俣町に彫刻が残る「白澤」である。
フィクションでの採用で知名度が上がり、それに伴って印象が固定化されるという流れは歴史上の人物などでも起こる現象だが、妖怪には「確固たる史実」が存在しないため、一次資料や本来の伝承と食い違った設定であっても、フィクションを通じて形成された通念がそのまま一般化していくケースが見られる。これについては後述する。
なお、白澤はそもそも妖怪なのか(近代以前にも妖怪として扱われていた存在なのか?)、妖怪として扱って良いのか、という問題はあるが、戦後日本においては「妖怪」の概念は近現代のそれに対して拡大しており、現代の妖怪(≒怪異)は、神獣、神話の怪獣、伝承や昔話の登場キャラクター、都市伝説の怪人、近世以前に創作されたキャラクターなどを含む、曖昧で範囲の広い概念になっているため、ここではそれに準じて白澤を妖怪として扱う。
3.現代のフィクションにおける白澤像
一九八〇年代から現在に至るまで、白澤をモチーフとしたキャラクターは多くのフィクションに登場している。現時点で筆者が把握している事例(二十九種)の設定を見ていくと、博識である、教師(師匠)ポジション、主人公の味方、性格に難があるといった特徴を持つものが多い。また、色は白が多い。

これらは実際の伝承や記録に基づいた設定でもあるが、おそらくは二〇〇〇年代の作品である「東方Project」や「鬼灯の冷徹」に登場する白澤モチーフの人気キャラクターの影響が強く感じられ、人気を得た作品やキャラクターが提示したイメージが他の作品で流用されることで印象が固定化されていく流れが見て取れる。
これらの作品より以前の白澤としては、TVアニメ版「悪魔くん」(一九八九年)の白澤があるが、この白澤は赤い体の純粋な悪役であり、白い体の博識な師匠というキャラクターは見られない。この「悪魔くん」の白澤が人気を博していた場合、現在のフィクションにおける白澤像は大きく異なったものになっていたと思われる。
また、二〇〇〇年代に白澤をモチーフとしたキャラクターが急増したきっかけとしては、前述の人気キャラクターの存在以外に、実在モチーフを擬人化したアプリゲームのブーム(=大量の味方キャラが必要になる世界観のニーズ)に、白澤の「博識な知恵袋」という設定が噛み合ったことがあるとも考えられる。
4.自著での白澤の使い方
小説家である筆者も白澤を何度か自著に登場させている。
(事例1)
妖怪が実在する世界を舞台に妖怪との共存や戦闘を描いた「ほうかご百物語」の第三巻(二〇〇八年)では、白澤を「白澤は妖怪についての完全な知識を持たねばならない」という原則に縛られて暴走し、あらゆる妖怪をデータ化しようとした敵役として登場させた。また、この白澤には、姿を見せるだけで妖怪を弱らせる力を持つが、体制護持のシンボルであるがゆえに、国を滅ぼす妖怪である九尾の狐とはライバル関係にあるという設定を与えた。
これらは、白澤の「鬼神(怪異)について詳しい」「白澤図という資料で伝わる」「為政者(黄帝)を護持する」という属性を踏まえたものである。
(事例2)
「絶対城先輩の妖怪学講座」シリーズは、妖怪が実在しない世界において、主人公たちが妖怪伝承の正体や真相を探る過程を描いた作品だが、本作の第十一巻(二〇一八年)等では、妖怪とされるものの知識を占有し悪用する正体不明の存在として白澤を登場させ、主人公たちと敵対させた。
ここでの白澤は、「白澤図」と呼ばれる絵を見せることで他者の意識を操る集団で、その組織は「白」と呼ばれるリーダーと「澤」と呼ばれる部下によって構成されるという設定であった。
これらは、白澤の「鬼神(怪異)について詳しい」「白澤図という資料で伝わる」「白澤という名称の由来が不明」という属性に基づいている。
(事例3)
「拝み屋の遠国怪奇稿 招かれざる伝承の村」(二〇二五年)では、白澤は妖怪(神獣)ではなく、とある仙術の流派から生まれた伝説である、という設定で用いた。
この流派の仙人は、森羅万象の気の流れを読むことで鬼神の在り方を知り、害を為すものを遠ざける技術を有しており、また、観察と看破を象徴するために九つの目の意匠をシンボルとしていたため、この系統の術を使う仙人が神獣・白澤の伝説を生んだ……という設定であった。
これらの発想元となったのは、白澤の「鬼神(怪異)について詳しい」「九つの目を持つ」という属性、「白澤という名称は人名としても通用する」という情報などであった。
なお、自著に登場させた白澤モチーフのキャラクターは、いずれも「白澤は基本的に文字・絵画資料でのみ伝わっている」という条件を前提として発想したものであり、構想・執筆時点では川俣町に白澤の立体物が複数現存していたことを筆者は把握していなかった。
5.実在の伝承と創作の関係の中で
現代では妖怪を実際に信じている人は少ないが、創作が資料や他の創作物を参照しながら妖怪を語ることでイメージが育っていく様は、「妖怪はフィクションの中で生きている」とも表現できる。
なお、妖怪においては、著名な作品やキャラクターによって出典の存在しない設定が固定化されてしまうこともままある。これらの事態の具体例としては、漫画家の水木しげるがデザインした容姿が一般化した「油すまし」、風俗史学者・伝説研究者の藤沢衛彦が図像を紹介する際に付与したキャプションから「妖怪の親玉」という設定が通念化された「ぬらりひょん」などが挙げられる。
さらに古く、かつ広く知られている事例としては、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の「怪談」によって、「雪女」の印象が書き換えられたケースがある。現代の雪女が持つ「白装束の若く美しい女性で、就寝中に侵入してきて、氷や吹雪のように冷たい息を吐いて人を殺す」「人間の男性と恋に落ちるが悲恋に終わる」といったイメージはいずれもハーンが創作したものと考えられており、伝承や記録の中の雪女にこういった性格は見られない。だが、ハーンの「雪女」像は今や広く周知されており、土着の昔話として定着した事例が確認されており、近年の創作内でも伝統的なものとして扱われている。
6.妖怪にかかわる創作者として
筆者は、妖怪を扱う一創作者として、研究者や郷土史家の方に対して、資料・情報を提供してもらっているだけで申し訳ない、という思いを以前より抱いている。
現代妖怪研究の第一人者である小松和彦は、妖怪研究の意義として、妖怪研究の成果を現代文化創造のための文化資源として提供することを挙げているが、現状では創作者が一方的に情報を搾取し、研究成果を利用しているだけになっていないだろうか。
この疑問に加え、一般的な事典類に記録されていないローカルな伝承や記録の詳細を知りたいという思いから、筆者は地域の伝承を集めてまとめる活動を続けている。市販の妖怪事典などでは特異な事例が取り上げられがちだが、そうではない多くの話(ありふれた地味な話)を集めてこそ、その地域の怪異観は正確に把握できると筆者は考えている。
また、筆者は研究者ではないので調査研究や新たな視点の提示はできないが、個別に記録されたものを集めて一覧化することなら可能であり、その成果を残しておけば、研究や創作を志す誰かが活用してくれるかもしれない。
何かを知りたい、調べたいと思った時、取っ掛かりとして使える資料が存在していることの有難みは常日頃から実感しており、こういった活動を通じて妖怪を生かし続けることに少しでも貢献できればと考えている。
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……とまあ、そんな感じの話をしてきました。
なお白澤キャラについては29例しかリストアップできなかったのですが、絶対もっといると思います。「白澤は無名な妖怪と思われてる方も(特にご高齢の方には)多いんですが、白澤って21世紀以降のオタクなら絶対何人か知ってるレベルに有名な妖怪なんですよ!」ということは繰り返して主張してきました。みんなは何人知っているかな?
そしてシンポジウムの翌日は近隣の白澤彫刻を巡るバスツアーへ。
なお以下の写真にはツアーではない時に自主的に行って撮った写真も入っています。また、スマホで撮ったものなので写真の精度はあまり高くありません。
・春日神社(川俣町字宮前)

長い参道と石段の先にある、歴史のある立派な神社です。1740年に建てられたという拝殿には当時の鮮やかな色彩の痕跡が残っています。
たいへん日当たりのいい立地なので真夏の快晴の日に行くのはあまりお勧めしません(陽光に焼かれて死ぬかと思いました)。
白澤は拝殿の左右の木鼻(横向きの木材が柱の外側に突き出た部分)に刻まれており、片方は口を開けた「阿」、もう片方は歯を食いしばった「吽」の顔をしています。


白澤の特徴である胴体左右の三つの目は、下からだと見にくいのですが、ツアーのときは拝殿に上がらせてもらえたので何とか確認できました。↓の写真の白澤の背中に三つの切れ長の目が刻まれているのがお分かりでしょうか。

・東福沢薬師堂(川俣町東福沢坊ノ入山)

山中の長い坂道を登った先にある歴史のあるお堂です。かつては山岳信仰の修行者の修行場でもあったそうですが、山に懐かれたロケーションはそれを納得させてくれます。
ここの白澤は向かって右手の木鼻に刻まれてます。軽く口を開いて前歯を見せた表情で、薄く笑っているようにも見えます。

・水雲神社(福島市大波字上家敷)

これまた長い坂道を上った先にある歴史のある神社です。福島の白澤は長い階段の先に居がちです。
ここの白澤はオーソドックスな三つ目タイプではなく目は二つで、額に宝珠を載せています。

ここは屋根で守られているためか瞳などもディテールがちゃんと残っており、特に横から見ると彫りの深さや陰影がよく分かりました。かっこいいぜ。

というわけで簡単ではありますが白澤イベント&ツアーの報告でした。
妖怪系のイベントはどうしても総論的なものが多いのですが、こういう風に特定の妖怪に注目したイベントだと具体的な事例が多く出てくるので話も深まっていいですね。一妖怪好きとしても大いに楽しませていただきました。